烈々布神社
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ひとことで言うと
村名を冠して名づけられ、明治26年に札幌の三吉神社から三柱の御分祀を受けた社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市東区北42条東10丁目1番地
この場所について
烈々布神社は札幌市東区にある神社です。御祭神は天照大神、少彦名神、大穴牟遲神、倉稲魂神、埴安姫神、誉田別尊、崇徳天皇、菅原道真公、藤原三吉命です。明治22年11月9日、天照皇大神を斎き奉る小祠を建立し、村名を冠して烈々布神社と称したと言われます。明治26年、横山久太郎が発起人となり、村内の2ヶ所に祀られている小社を合祀する旨の協議がなされ、同年9月、当時の札幌区に鎮座する三吉神社の祭神である大穴牟遲神、少彦名神、藤原三吉命の三柱の御分祀を受けて、新社殿を造営しました。昭和28年2月に宗教法人の認証を受けています。昭和63年に社殿改築工事に着工し、平成元年7月に現社殿と社務所が竣工、8月に正遷座祭を執り行いました。例祭は9月15日、宵宮祭は9月14日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
明治22年11月9日、天照皇大神を斎き奉る小祠を建立し、村名を冠して烈々布神社と称したと言われます。
明治26年、横山久太郎が発起人となり、村内の2ヶ所に祀られている小社を合祀する旨の協議がなされ、同年9月、当時の札幌区に鎮座する三吉神社の祭神である大穴牟遲神、少彦名神、藤原三吉命の三柱の御分祀を受けて、新社殿を造営しました。
昭和28年2月に宗教法人の認証を受けています。昭和63年に社殿改築工事に着工し、平成元年7月に現社殿と社務所が竣工、8月に正遷座祭を執り行いました。
ご利益とされてきたこと
三吉神社からの御分祀
明治26年9月、当時の札幌区に鎮座する三吉神社の祭神である大穴牟遲神、少彦名神、藤原三吉命の三柱の御分祀を受けました。
史料に基づく村名を冠した社名
明治22年11月9日、天照皇大神を斎き奉る小祠を建立し、村名を冠して烈々布神社と称したと言われます。
言い伝え村内の小社を合祀
明治26年、横山久太郎が発起人となり、村内の2ヶ所に祀られている小社を合祀する旨の協議がなされました。
史料に基づく
この社が神を受けた相手は、同じ札幌の社です。当時の札幌区に鎮座する三吉神社の祭神である大穴牟遲神、少彦名神、藤原三吉命の三柱の御分祀を受けた——その三吉神社はこの一覧にあり、明治11年に秋田県人の木村藤吉が郷里の太平山から御分霊を運んできた社です。つまり神は秋田から三吉神社へ、そこからここへと二段階で伝わったことになります。一人が運んできた神が、この街の中でもう一度分かれた形です。
市内で神を分けている社は、これで二つ目になります。北海道神宮からは札幌村神社が三柱を、苗穂神社が少彦名神を受け、白石神社はその旧社殿を受け取りました。三吉神社から分かれた例は、ここが最初です。
名前は村の名です。村名を冠して烈々布神社と称したと言われる、と社は記します。同じ札幌の苗穂神社や西岡八幡宮のように、土地の呼び名と社の名が結びついている例がこの地方には多くあります。
合祀は近所からでした。明治26年、横山久太郎が発起人となり、村内の2ヶ所に祀られている小社を合祀する旨の協議がなされた、と。その結果、いまの御祭神は九柱に及びます。
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出典
- 烈々布神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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