烈々布神社

神社・祠堂 · 札幌

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ひとことで言うと

村名を冠して名づけられ、明治26年に札幌の三吉神社から三柱の御分祀を受けた社です。

The precinct of Reppupu Jinja in Higashi-ku, Sapporo.
禁樹なずな / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

基本情報

住所
北海道札幌市東区北42条東10丁目1番地

この場所について

烈々布神社は札幌市東区にある神社です。御祭神は天照大神、少彦名神、大穴牟遲神、倉稲魂神、埴安姫神、誉田別尊、崇徳天皇、菅原道真公、藤原三吉命です。明治22年11月9日、天照皇大神を斎き奉る小祠を建立し、村名を冠して烈々布神社と称したと言われます。明治26年、横山久太郎が発起人となり、村内の2ヶ所に祀られている小社を合祀する旨の協議がなされ、同年9月、当時の札幌区に鎮座する三吉神社の祭神である大穴牟遲神、少彦名神、藤原三吉命の三柱の御分祀を受けて、新社殿を造営しました。昭和28年2月に宗教法人の認証を受けています。昭和63年に社殿改築工事に着工し、平成元年7月に現社殿と社務所が竣工、8月に正遷座祭を執り行いました。例祭は9月15日、宵宮祭は9月14日です。御利益についての記載はありません。

由緒と歴史

明治22年11月9日、天照皇大神を斎き奉る小祠を建立し、村名を冠して烈々布神社と称したと言われます。

明治26年、横山久太郎が発起人となり、村内の2ヶ所に祀られている小社を合祀する旨の協議がなされ、同年9月、当時の札幌区に鎮座する三吉神社の祭神である大穴牟遲神、少彦名神、藤原三吉命の三柱の御分祀を受けて、新社殿を造営しました。

昭和28年2月に宗教法人の認証を受けています。昭和63年に社殿改築工事に着工し、平成元年7月に現社殿と社務所が竣工、8月に正遷座祭を執り行いました。

ご利益とされてきたこと

  • 由緒

    三吉神社からの御分祀

    明治26年9月、当時の札幌区に鎮座する三吉神社の祭神である大穴牟遲神、少彦名神、藤原三吉命の三柱の御分祀を受けました。

    史料に基づく
  • 由緒

    村名を冠した社名

    明治22年11月9日、天照皇大神を斎き奉る小祠を建立し、村名を冠して烈々布神社と称したと言われます。

    言い伝え
  • ここでできること

    村内の小社を合祀

    明治26年、横山久太郎が発起人となり、村内の2ヶ所に祀られている小社を合祀する旨の協議がなされました。

    史料に基づく

この社が神を受けた相手は、同じ札幌の社です。当時の札幌区に鎮座する三吉神社の祭神である大穴牟遲神、少彦名神、藤原三吉命の三柱の御分祀を受けた——その三吉神社はこの一覧にあり、明治11年に秋田県人の木村藤吉が郷里の太平山から御分霊を運んできた社です。つまり神は秋田から三吉神社へ、そこからここへと二段階で伝わったことになります。一人が運んできた神が、この街の中でもう一度分かれた形です。

市内で神を分けている社は、これで二つ目になります。北海道神宮からは札幌村神社が三柱を、苗穂神社が少彦名神を受け、白石神社はその旧社殿を受け取りました。三吉神社から分かれた例は、ここが最初です。

名前は村の名です。村名を冠して烈々布神社と称したと言われる、と社は記します。同じ札幌の苗穂神社や西岡八幡宮のように、土地の呼び名と社の名が結びついている例がこの地方には多くあります。

合祀は近所からでした。明治26年、横山久太郎が発起人となり、村内の2ヶ所に祀られている小社を合祀する旨の協議がなされた、と。その結果、いまの御祭神は九柱に及びます。

記述ごとの根拠 2
  • In September 1893 the shrine received three divided deities from Miyoshi Jinja in the Sapporo ward and built a new hall. 史料に基づく
  • A small shrine to Amaterasu was raised on 9 November 1889 and named after the village. 言い伝え

関連ガイド

  • 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
  • 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
  • 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
  • お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。

出典

  1. 烈々布神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)

最終更新:

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