神社と寺——1868年が分けたもの
神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
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短く言うと
神社は神道、寺院は仏教です。名前と入口を見れば、たいてい判別がつきます。
問題はその先です。この区別が制度として成立したのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者はそもそも別々の組織ではありませんでした。明治政府が命令ひとつで引き剥がし、その継ぎ目は今も各地に——当サイトが扱ういくつかの場所にも——残っています。このページの重心はそちらにあります。
神社とは何か

神社本庁の定義では、神社は神々をお祀りする神聖な場所です。八百万と呼ばれる神々には、岩や木、山や海、火や水、風や土といった自然のうちにあるもの、神話に現れるもの、子孫を見守る祖先の霊が入ります。多くの人にとって、その関わりはまず氏神という形をとります。生まれてから育つまで、地域の平穏と日々の暮らしを見守る土地の社です。
このページに効いてくるのは「神道」という語そのものです。同庁によれば、この語が要るようになったのは6世紀。仏教が伝わり、すでにあった営みを新しいものと呼び分ける必要が生じてからでした。
寺院とは何か

寺院は仏教の施設で、その中心にあるのは本尊です。天台宗の説明では、本尊を安置する堂は、その日の無事を感謝し明日の無事を願って手を合わせる場所であり、仏とともに先祖の霊をお祀りする場所です。
どの仏を本尊とするかは宗派によります。天台宗はこの点で幅の広い見方をとります。仏・菩薩・明王・天部は姿も性格も異なりますが、等しく人を仏の世界へ導くものであり、いずれも本尊と呼びうるという立場です。より限定的な宗派もあります。
その世界の規模も書いておきます。伝統仏教の統一組織である全日本仏教会には105団体が加盟しており、内訳は59の主要宗派、37の都道府県仏教会、その他9団体です。日本の伝統仏教の寺院・教会・布教所は、同会の数えでおよそ7万5000です。
1868年まで、両者は一つの体系だった
実際には区別が成り立たない場面が繰り返し出てくる、その理由がここにあります。
仏教が伝わったあと、二つの伝統は並んで存在したのではなく、融合しました。それを支えた理論が本地垂迹です。國學院大學の『神道事典』(英語版、佐藤眞人執筆)はこう記しています。仏が本地、すなわちもとの地であり、神はその垂迹、人々を救うために現れたときに残す跡である、と。この語彙は天台仏教から出たもので、平安末期には個々の神社に対応する仏が定められていきました。伊勢の本地は大日如来とされ、白山の本地は十一面観音と考えられました。
制度としては、神社の境内に神宮寺が置かれ、仏教の僧が神社を運営することを意味しました。日本史の大半において、宗教とはそういう姿をしていました。
1868年、新たに成った明治政府がこれを解体します。同事典(坂本是丸執筆)によれば、布告は段階を追って進みました。三月十七日、政府は別当・社僧に還俗を命じます。続いて神に仏教の用語を用いることを禁じ、仏像を神社の御神体とすることも禁じました。
これを、仏教そのものを打ち壊してよいという許可と読む向きもありました。その動きには廃仏毀釈という名がついています。多くの寺院と厖大な仏教美術が失われたのち、中央が意図したのは分離であって排除ではないと明示するに至りました。
その帰結には、今も手を触れることができます。浅草寺の宝蔵門には元版一切経が納められていて、重要文化財に指定されています。寺自身の説明によれば、これはもともと鎌倉の鶴岡八幡宮にあったもので、明治の神仏分離の際に浅草寺へ移りました。神社が仏教の経典を持っていて、法がそれを認めなくなり、経典のほうが動いた、ということです。
つまり神社と寺院のあいだの明快な線は、およそ百六十年前に、教義ではなく行政が引いたものです。
継ぎ目が見えるところ
何を見ればよいかがわかると、融合していた体系は当サイトの中にも見えてきます。
いちばんわかりやすいのは権現という語です。本地垂迹の語彙が称号になったもので、仮に現れた姿を意味します。高尾山薬王院は仏教の寺院ですが、その本尊は飯縄大権現です。上野東照宮は徳川家康を東照大権現として祀る神社です。二つの体系がはじめから別々であったなら、どちらの名も成り立ちません。
寺院の境内に稲荷の社があっても、誰も不思議に思いません。深川不動堂にもありますし、雑司ヶ谷鬼子母神堂にもあります。後者がお祀りする鬼子母神は法華経に由来し、その境内はもともと稲荷の森と呼ばれた場所から始まっています。
深大寺は、十世紀の天台座主で、降魔の姿の御影が各地の戸口に貼られてきた元三大師を本尊としています。同じ宗派の目黒不動尊も、自坊の元三大師像を年に一度、1月3日に開帳しています。
いずれも例外ではありません。行政上のものであって完全ではなかった分離を通して、古い仕組みが透けて見えているだけです。
境内を読む

境内の各部分については神社本庁の説明があります。おなじみのものが多いので、ここではそのうち、あまり知られていないところだけを挙げます。
鳥居は内と外の境界に立ち、その内側が神の鎮まる神域です。崇敬の対象が自然物である場合、これがとりわけ重要になります。そのときは鳥居だけが、そこに神のいることを示すからです。形は約六十種。笠木がまっすぐな神明系、両端が反り上がる明神系、そして伏見でおなじみの朱の稲荷鳥居のような地域ごとの形があります。
参道の中央は正中といい、神の通る道にあたります。人が端に寄り、横切るときに頭を下げるのはそのためです。手水舎は禊を簡略にしたもの、狛犬は邪気を祓って神前を守るもの、本殿は神の鎮まる最も神聖な場所、その手前の拝殿が祈りを捧げる場所です。周囲の木々は鎮守の森として神域に保たれます。
寺院の門は、別の仕事をする別の建物です。浅草寺の外側の門は正しくは風雷神門といい、左右に風神・雷神を、背面に水を司る龍神を、伽藍の守護として置いています。内側の宝蔵門には仁王が一体ずつ立ち、木曽檜製で高さはおよそ5メートルあります。参道に一対の獣がいるのではなく、門そのものの中に像が立つ。それが寺院の門の形です。
数字と、それが人を分けない理由
文化庁は1949年以来、毎年宗教法人を数えています。文化庁が2025年12月に公表した調査(2024年12月31日現在)では、神道系の単位宗教法人が8万4014、仏教系が7万6493、全体で17万8150でした。
これは建物ではなく法人の数です。法人格を持たない小さな社は含まれませんし、一つの法人が複数の施設を持つこともあります。悉皆調査ではなく、下限と見るべき数字です。
同じ調査の信者数のほうが面白いところです。神道系がおよそ8640万人、仏教系がおよそ8050万人、合計でおよそ1億7500万人。日本の人口よりかなり多い数字です。
理由は調査の脚注にあります。宗教団体はそれぞれ独自の定義と方法で信者を数えており、公表された数字は各団体の報告そのままだ、というわけです。地元の神社が氏子として数えている人を、家の墓のある寺が檀家としても数えている。そういうことが起こります。
これが、このページが立てた問いに対する実際的な答えでもあります。神社と寺院は、建物も聖職者も儀礼も異なる二種類の施設です。それが二者択一ではないことは、日本で暮らす人にはあらためて言うまでもありません。統計上の1億7500万人は、その実感を数字の側から裏づけているだけです。
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出典
- About shrines (神社について) — Jinja Honcho, the Association of Shinto Shrines (閲覧日 2026-08-03)
- What Shinto is (神道とは) — Jinja Honcho, the Association of Shinto Shrines (閲覧日 2026-08-03)
- About the torii (鳥居について) — Jinja Honcho, the Association of Shinto Shrines (閲覧日 2026-08-03)
- About the precinct (境内について) — Jinja Honcho, the Association of Shinto Shrines (閲覧日 2026-08-03)
- Q&A: the honzon and the household altar — Tendai school of Japanese Buddhism (閲覧日 2026-08-03)
- About the Japan Buddhist Federation (組織概要) — Japan Buddhist Federation (閲覧日 2026-08-03)
- Kaminarimon (雷門) — Senso-ji (閲覧日 2026-08-03)
- The Hozomon (宝蔵門) — Senso-ji (閲覧日 2026-08-03)
- Honjisuijakusetsu (Encyclopedia of Shinto), by Satō Masato — Kokugakuin University Digital Museum (閲覧日 2026-08-03)
- Shinbutsu Bunri (Encyclopedia of Shinto), by Sakamoto Koremaru — Kokugakuin University Digital Museum (閲覧日 2026-08-03)
- Main results of the religious statistics survey, 2025 edition (position as at 31 December 2024) — Agency for Cultural Affairs, Government of Japan (閲覧日 2026-08-03)
- Religious statistics survey (宗教統計調査), conducted annually since 1949 — Agency for Cultural Affairs, Government of Japan (閲覧日 2026-08-03)