手稲神社
札幌神社遥拝所
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ひとことで言うと
冬と農期に札幌神社まで参拝できない村中250戸が遥拝所の設立を願い出たことに始まり、のちに神社そのものになった社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市手稲区手稲本町2条3丁目4番28号
この場所について
手稲神社は札幌市手稲区にある神社です。御祭神は大國魂神、大那牟遲神、少彦名神、天照皇大神、豊受大神、倉稲魂神、菅原道眞公です。手稲村の移住民は札幌神社に参拝することを常としていましたが、冬季・農期の参拝の不便さを感じ、村中250戸にて明治29年12月26日に札幌神社正式遥拝所の設立を出願し、翌年9月4日に許可されました。明治31年9月10日には神社への引き直しを出願し、翌32年5月18日に許可されています。大正6年8月23日に村社、昭和16年4月1日に郷社に列格しました。大正元年に稲穂神社、昭和47年に小樽内川稲荷神社、昭和48年に新川神社を合祀しています。昭和22年10月8日には手稲山頂に奥宮が建立されました。例祭は9月15日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
手稲村の移住民は札幌神社に参拝することを常としていましたが、冬季・農期の参拝の不便さを感じ、村中250戸にて明治29年12月26日に札幌神社正式遥拝所の設立を出願し、翌年9月4日に許可されました。
明治31年9月10日には神社への引き直しを出願し、翌32年5月18日に許可されています。大正6年8月23日に村社、昭和16年4月1日に郷社に列格しました。
大正元年に稲穂神社、昭和47年に小樽内川稲荷神社、昭和48年に新川神社を合祀しています。昭和22年10月8日には手稲山頂に奥宮が建立されました。
ご利益とされてきたこと
遥拝所として出願された
冬季・農期の参拝の不便さから、村中250戸にて明治29年12月26日に札幌神社正式遥拝所の設立を出願し、翌年9月4日に許可されました。
史料に基づく拝む場所が拝まれる場所に
明治31年9月10日に神社への引き直しを出願し、翌32年5月18日に許可されました。
史料に基づく手稲山頂の奥宮
昭和22年10月8日、手稲山頂に奥宮が建立されました。
史料に基づく
この社は、別の社を遠くから拝むための場所として始まりました。手稲村の移住民は札幌神社に参拝することを常としていたが、冬季・農期の参拝の不便さを感じ、村中250戸で遥拝所の設立を出願した——出願は明治29年12月26日、許可は翌年9月4日です。拝む先の札幌神社は、いまの北海道神宮です。
この一覧の遥拝所は、これで二つ目になります。福岡の宗像大社沖津宮遙拝所は、沖ノ島が神職以外の入島を禁じているために建てられました。あちらを隔てているのは掟で、こちらを隔てていたのは雪と農繁期です。そしてもう一つ違うのは、こちらがその隔たりを追い越したことです。明治31年に神社への引き直しを出願し、翌年許可されて、拝む場所が拝まれる場所になりました。
出願したのは村中250戸です。琴似神社の240戸、西野神社の五戸と同じく、札幌の社は始まりに戸数が残ります。ここが違うのは、その250戸が求めたのが新しい神ではなく、遠い社への距離を縮めることだった点です。
合祀と増築は続いています。大正元年に稲穂神社、昭和47年に小樽内川稲荷神社、昭和48年に新川神社。昭和22年には手稲山頂に奥宮が建てられました。御祭神は七柱におよび、開拓三神と伊勢の神々、稲荷、菅原道眞公が並びます。
関連ガイド
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出典
- 手稲神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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