札幌祖霊神社
東雲祠
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ひとことで言うと
明治4年に共葬墓地の入口へ霊祠を建てたことに始まる社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市中央区南5条西8丁目1番地
この場所について
札幌祖霊神社は札幌市中央区にある神社です。御祭神は天照皇大神、天神地祇八百万神、氏子祖霊神、天祖三神、大国主神、産土大神、皇霊神です。明治4年、開拓使黒田清隆らが奨励し、神道信奉者の祖霊祭祀のため曉野共葬墓地の入口に霊祠を建てました。明治10年には札幌神社の禰宜若林嘉倫を初代神主とし、明治18年には札幌神社より御祭神の分霊を奉斎して祖霊社本殿を落成しています。別称号を東雲祠とも言います。屯田兵開拓移民の神道に改葬改宗の斎場として現在に至ります。明治44年、前年の失火焼失のため新社殿が竣功しました。大正8年に社殿廻廊を増築し、石垣と玉垣を建造、大正15年に石造鳥居が竣功しています。昭和28年に宗教法人の認可を受け、昭和36年の創立九十年記念奉祝祭で社殿を増築、昭和43年に氏子会館を建造しました。昭和46年の創立百周年記念奉祝祭では百年記念誌を配布しています。例祭は9月23日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
明治4年、開拓使黒田清隆らが奨励し、神道信奉者の祖霊祭祀のため曉野共葬墓地の入口に霊祠を建てました。
明治10年には札幌神社の禰宜若林嘉倫を初代神主とし、明治18年には札幌神社より御祭神の分霊を奉斎して祖霊社本殿を落成しています。別称号を東雲祠とも言います。屯田兵開拓移民の神道に改葬改宗の斎場として現在に至ります。
明治44年、前年の失火焼失のため新社殿が竣功しました。大正8年に社殿廻廊を増築し、石垣と玉垣を建造、大正15年に石造鳥居が竣功しています。
昭和28年に宗教法人の認可を受け、昭和36年の創立九十年記念奉祝祭で社殿を増築、昭和43年に氏子会館を建造しました。昭和46年の創立百周年記念奉祝祭では百年記念誌を配布し、昭和51年に拝殿と霊殿を増改築、昭和56年の創立百十年奉祝祭で鋼製鳥居を新築しています。平成13年の創立百三十年奉祝祭では社殿の内外を補修しました。
ご利益とされてきたこと
共葬墓地の入口に
明治4年、開拓使黒田清隆らが奨励し、神道信奉者の祖霊祭祀のため曉野共葬墓地の入口に霊祠を建てました。
史料に基づく改葬改宗の斎場として
屯田兵開拓移民の神道に改葬改宗の斎場として現在に至る、と社は記しています。
史料に基づく札幌神社からの神主と分霊
明治10年に札幌神社の禰宜若林嘉倫を初代神主とし、明治18年には札幌神社より御祭神の分霊を奉斎しました。
史料に基づく
この社が建った場所は、集落ではなく墓地の入口でした。曉野共葬墓地入口に霊祠を建てる——明治4年のことです。札幌のほかの社は、田畑のそばや屯田兵村の中に置かれています。ここは埋葬の場所の際に置かれました。
用途も書かれています。屯田兵開拓移民の神道に改葬改宗の斎場として現在に至る——葬りかたと信仰を改めるための場、という一文が由緒に入っています。この一覧で、社の役目をこの言葉で記すものはほかにありません。
創立を勧めたのは開拓使でした。開拓使黒田清隆らが奨励して、と社は書きます。札幌の社には、屯田兵が建てたもの、入植者が建てたもの、総代会が作ったものがありますが、役所の側から勧められた例が記されるのはここです。
札幌神社との関わりは二重です。明治10年に札幌神社の禰宜若林嘉倫を初代神主とし、明治18年には札幌神社より御祭神の分霊を奉斎しています。人が来て、あとから神が来た形です。同じ札幌の札幌村神社・苗穂神社・白石神社・円山西町神社も札幌神社から出ていますが、神職を先に迎えたのはこの社です。
御祭神の並びにも、ほかで見ないものがあります。氏子祖霊神——氏子自身の祖霊が、御祭神として挙げられています。
関連ガイド
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出典
- 札幌祖霊神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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