お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来
絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。
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四つは、それぞれ別のもの
土産物としてひとまとめにされがちですが、この四つは性質が違います。お神札とお守りは受けて持ち帰るもの、絵馬は書いて奉じてくるもの、おみくじは引いて読むもので、読むことのほうが吉凶より本体です。御朱印は参拝したことの証しとして手書きで受けるもので、いちばん行き違いが起きるのもこれです。
このページで扱うのは、四つそれぞれについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明——由来と、その由来から出てくる作法です。
用語について一つ。神社本庁はお守りを「買う」ではなく「受ける」と書きます。この四つ全体が、その語感の中にあります。
お神札とお守り

神社本庁はこの二つを、置き場所で分けています。家を守るのがお神札、身につけて持ち歩くのがお守りです。お神札には神宮大麻と各神社のものがあり、神宮大麻は天照大御神の御名を記して伊勢の印を押したもので、氏神神社を通じて各家庭に頒布される、と同庁は説明しています。
どちらも改めるものです。同庁の案内では、一年間おまつりしたお神札は年末に神社へ納めてお焚き上げし、新しいものを受けて新年を迎えます。お守りも同様ですが、一つ例外が添えられています。願いが叶うまでは、そのお守りを持ち続けてよい、というものです。
いくつも持つことについても、同庁ははっきり答えています。差し支えありません。多くの神様はそれぞれの徳をもって、互いに協力して守ってくださる、という説明です。
当サイトの場所から二つ。授かった先へ返すのが原則で、目黒不動尊は自坊のお守り・お札のみを受け入れ、人形・位牌・だるま・他所のお守りは受け取らないと明記しています。そして、条件のついたお守りがあります。早稲田の穴八幡宮の一陽来復御守は冬至から節分までの授与で、どの夜に、何時に、どの方角へ向けて、そして台紙などを当てずに壁へ直接貼るか、までが指定されています。これは言い伝えではなく神社自身の指示なので、当サイトでもそのページに載せています。
絵馬
絵馬は小さな木の板で、願うことを書いて掛けます。この物の由来が、そのまま言葉の形を説明します。
神社本庁はこれを、生きた馬の奉納にたどっています。『常陸国風土記』や『続日本紀』には、雨を願って、あるいは雨がやむことを願って、そのほかさまざまな祈願のために生きた馬が神に献じられたことが記されており、そうして奉られた馬は神馬と呼ばれました。やがて馬の像が実際の馬に代わり、さらに簡略化された板絵が像に代わります。絵馬とは絵の馬であり、何が何に代わったのかをそのまま述べた語です。
もともと描かれていたのは馬でした。同庁は、その内容が時代とともに、また人が何を願うかとともに変わり、現在は神社ごとにさまざまなものが見られる、としています。
当サイトにもその変化の例が二つあります。高円寺氷川神社の境内にある気象神社の絵馬は、明日の天気を占って放る下駄の形に切ってあります。千駄ヶ谷の鳩森八幡神社では、将棋堂に、棋力の上達を願う絵馬が掛けられています。
掛けたものは人目のある場所に残ります。書いた内容は、あとから来る人すべてに読めるということでもあります。
おみくじ

おみくじについて神社本庁が述べているのは、紙の上でいちばん重要でないのが吉凶の別だ、ということです。
大吉・吉・中吉・小吉・末吉・凶といった順序は神社によって異なります。その下には金銭、恋愛、失せ物、旅行、待ち人、健康といった日常の項目にわたる指針があり、指針となる和歌を載せているものも多くあります。
同庁はこれを、より長い占いの伝統の中に置いています。それは運勢判断ではなく信仰の表れであり、事を始めるにあたって神意を伺い、そのうえで一心に取り組むためのものだ、という説明です。個人の運勢を占う今の形が現れたのは江戸時代とされています。
結んで帰るか持ち帰るかについても、同庁は明快です。境内の所定の場所に結んで帰る習わしがあり、持ち帰っても何ら差し支えない、としています。大切なのは吉凶を知って終わることではなく、書かれていることをこれからの指針として受け取ることだ、というのが同庁の言葉です。読み返すつもりがあるなら、持ち帰るほうが理にかなっている、ということになります。
御朱印と、そこで起きる行き違い

御朱印は参拝の証しで、墨書と朱印によって、多くは専用の帳面に記されます。
宮城県神社庁は、その由来を、寺院に写経を納めた際の受取にたどっています。江戸時代には参拝の証しとして定着し、朱印を中央に押す今の形が広まったのは明治期、御朱印という呼び名が使われるようになったのは昭和期で、旅の記念として集める習慣は鉄道の発達とともに広がりました。日本では印章が古くから神聖なものとして扱われてきており、朱印は神仏の力を宿すものとされている、というのが同庁の説明です。
この由来が、そのまま作法の理由になります。同庁は七か条を挙げています。
参拝が先で、御朱印はそのあと。参拝こそが訪れた目的だからです。
スタンプラリーではない。この言葉は同庁自身のものです。参拝したからこそ印に意味があり、集めること自体が目的ではない、としています。
帳面は自分で目的の頁を開いて渡す。特別に伝えることがあれば書き始める前に伝え、釣り銭のいらないように用意しておく。
書いている間は静かにし、書き手を撮影しない。
出かける前に確かめる。時間も対応も場所によって異なり、毎日書いているとはかぎりません。
節度を保つ。定められた時間外に訪れない、急かさない、転売のために集めない。
帳面を大切にする。清浄な場所に保管し、名前を記しておくとよい、としています。
当サイトから二つ。目黒不動尊は通常は書き置きを渡し、帳面への直書きは八のつく日と日曜・祝日の9時から16時30分のみです。高円寺氷川神社の授与は9時から16時ごろですが不定休で、特定の日について約束はしていません。どちらも意地悪をしているわけではありません。一枚を丁寧に書くには修練した手と数分が要り、多くの場合それを担うのは一人です。
この四つが約束していないこと
いずれも通常の意味での売買ではなく、使われる言葉もそれを映しています。お守りは受けるもの、絵馬は奉じるもの、御朱印はいただくものです。
いずれも保証ではありません。当サイトは、これらの品が何かをもたらすとは書きませんし、ここで引いた出典もそのような主張はしていません。
そして当サイトはこれらを販売していません。掲載しているどの場所とも関係はなく、何も売らず、手数料も受け取っていません。お守りや絵馬について書いているのは、その施設が自ら公表している内容の紹介です。特定の授与品を目当てに出かけるのであれば、確かなのはその場所自身の案内です。
寺院側の記述がこのページで薄いのは意図したものです。神社については神社本庁が全国を代表して説明していますが、寺院が授与するものについて同じように語る単一の団体はありません。ここで寺院について書いたことは、全国のきまりではなく個々の寺院の実際にもとづいています。ある寺院の案内が上の記述と異なる場合は、その寺院のほうが正しいということです。
関連するスポット
出典
- Ofuda and omamori (お神札、お守り) — Jinja Honcho, the Association of Shinto Shrines (閲覧日 2026-08-03)
- Omikuji (おみくじ) — Jinja Honcho, the Association of Shinto Shrines (閲覧日 2026-08-03)
- Ema (絵馬) — Jinja Honcho, the Association of Shinto Shrines (閲覧日 2026-08-03)
- Goshuin etiquette (御朱印マナー) — Miyagi Prefectural Shrine Agency (閲覧日 2026-08-03)
- The Ichiyo Raifuku amulet (一陽来復御守) — Ana Hachimangu (閲覧日 2026-08-02)
- Frequently asked questions — Meguro Fudoson Ryusen-ji (閲覧日 2026-08-02)
- Frequently asked questions (よくあるご質問) — Koenji Hikawa Shrine (閲覧日 2026-08-02)
- The Shogi Hall (将棋堂) — Hatonomori Hachiman Shrine (閲覧日 2026-08-02)



