篠路神社
若宮八幡 · 篠路八幡社
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ひとことで言うと
安政2年、徳川幕府の「在住」により若宮八幡として創祀された、札幌でもっとも古い部類に入る社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市北区篠路4条7丁目2番
この場所について
篠路神社は札幌市北区にある神社です。御祭神は天照大御神、品陀別大神、保食神、菅原道真公、大物主神、崇徳天皇、天香山命です。安政2年、徳川幕府の「在住」により若宮八幡を創祀しました。安政4年、箱舘奉行石狩調役の荒井金助直盈により篠路八幡社として社殿が造営されています。明治15年には道産たも材により本殿(流造)が建立され、明治34年1月28日に祭神2柱(伊勢両宮)が増祀されました。大正15年9月22日に列格し、昭和31年9月18日には百年祭が執行されて社殿が改修され、昭和55年9月26日に御社殿と社務所の全改築造営が竣成しています。複数の神社が合祀されています。例祭は9月8日、宵宮祭は9月7日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
安政2年、徳川幕府の「在住」により若宮八幡を創祀しました。安政4年、箱舘奉行石狩調役の荒井金助直盈により篠路八幡社として社殿が造営されています。
明治15年には道産たも材により本殿(流造)が建立され、明治34年1月28日に祭神2柱(伊勢両宮)が増祀されました。大正15年9月22日に列格しています。
昭和31年9月18日には百年祭が執行されて社殿が改修され、昭和55年9月26日に御社殿と社務所の全改築造営が竣成しました。複数の神社が合祀されています。
ご利益とされてきたこと
安政2年、幕府の「在住」により
安政2年、徳川幕府の「在住」により若宮八幡を創祀しました。
史料に基づく箱舘奉行の役人が社殿を造営
安政4年、箱舘奉行石狩調役の荒井金助直盈により篠路八幡社として社殿が造営されています。
史料に基づく道産たも材の本殿
明治15年、道産たも材により本殿(流造)が建立されました。
史料に基づく
この社だけ、時代が違います。創祀は安政2年、徳川幕府の「在住」によるものです。この一覧の札幌の社は、たいてい明治に始まります。北海道神宮の開拓三神が東京で祀られたのが明治2年ですから、ここはそれより十四年早いことになります。
安政4年に社殿を造営したのは、箱舘奉行石狩調役の荒井金助直盈でした。役職と姓名が残っているのは、白石神社の岩村通俊、三吉神社の木村藤吉、諏訪神社の上島正と同じですが、こちらだけが幕府の役人です。
本殿には土地の木が使われています。明治15年、道産たも材による流造。運ばれてきたものの多い札幌で、地元の材が明記されている数少ない例です。北海道神宮の本殿が伊勢神宮の古材で建てられたのとちょうど逆になります。
御祭神は七柱に増えました。天照大御神、品陀別大神、保食神、菅原道真公、大物主神、崇徳天皇、天香山命。明治34年に伊勢両宮が加わり、そのほかにも複数の神社が合祀されています。頁に御利益にあたる記述はありません。ですからこのページも願い事の分類をつけていません。
関連ガイド
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出典
- 篠路神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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