発寒神社
発寒村稲荷神社
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ひとことで言うと
安政3年、蝦夷地開発の幕命を帯びた山岡精次郎主計守以下17名が移住して稲荷社を創建したことに始まる社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市西区発寒11条3丁目1番33
- ご祭神・ご本尊
- 稲荷大神
この場所について
発寒神社は札幌市西区にある神社です。御祭神は豊受大神と倉稲御魂大神です。安政3年(1856)、蝦夷地開発の幕命を帯て、山岡精次郎主計守以下17名がこの地に移住し、稲荷社を創建して祭祀を篤くし、北辺開明の基をひらきました。明治8年(1875)、北海道屯田兵の第1陣として32戸がこの地に入植されるや社運はいよいよ興り、明治31年12月には宗祖と崇められる伊勢大神宮より豊受大神の分霊を拝賜し、明治32年3月に神社明細帳に記載されました。明治36年1月、北海道石狩国札幌郡発寒村稲荷神社から発寒神社と改称し、北海道庁長官より認可されています。例祭は9月15日、宵宮祭は9月14日、後日祭は9月16日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
安政3年(1856)、蝦夷地開発の幕命を帯て、山岡精次郎主計守以下17名がこの地に移住し、稲荷社を創建して祭祀を篤くし、北辺開明の基をひらきました。
明治8年(1875)、北海道屯田兵の第1陣として32戸がこの地に入植されるや社運はいよいよ興り、明治31年12月には宗祖と崇められる伊勢大神宮より豊受大神の分霊を拝賜し、明治32年3月に神社明細帳に記載されました。
明治36年1月、北海道石狩国札幌郡発寒村稲荷神社から発寒神社と改称し、北海道庁長官より認可されています。
ご利益とされてきたこと
幕命を帯びた十七名
安政3年(1856)、蝦夷地開発の幕命を帯て、山岡精次郎主計守以下17名がこの地に移住し、稲荷社を創建しました。
史料に基づく伊勢大神宮からの分霊
明治31年12月、宗祖と崇められる伊勢大神宮より豊受大神の分霊を拝賜しました。
史料に基づく稲荷神社から発寒神社へ
明治36年1月、発寒村稲荷神社から発寒神社と改称し、北海道庁長官より認可されています。
史料に基づく
この社は幕府の命令で始まっています。安政3年、蝦夷地開発の幕命を帯て、山岡精次郎主計守以下17名がこの地に移住し、稲荷社を創建した——移住した人数まで残っており、十七名です。
札幌に幕末の社は一つではありません。篠路神社の創祀は安政2年、徳川幕府の「在住」によるものでした。こちらは安政3年の幕命です。一年違いで二つ、どちらも幕府の制度によって人が置かれ、そこに社ができています。この一覧の札幌は明治の話が大半ですが、その下に幕末の層が薄く敷かれていることになります。
屯田兵についてはこの社も書いています。明治8年、北海道屯田兵の第1陣として32戸がこの地に入植されるや社運はいよいよ興った、と。同じ明治8年について、琴似神社は北海道開拓使最初の屯田兵として240戸が入植したと記します。どちらが先かをこのページで決めることはしません。それぞれがそう記している、というところまでを書いておきます。
神は途中で増えました。明治31年12月、宗祖と崇められる伊勢大神宮より豊受大神の分霊を拝賜しています。名前も変わりました。明治36年1月、発寒村稲荷神社から発寒神社へ。稲荷社として始まった社が、伊勢の神を迎えて名を改めた形です。
関連ガイド
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- 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
- 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
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出典
- 発寒神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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