上手稲神社
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ひとことで言うと
明治9年、仙台藩からの開拓者が守護神として須佐之男命を祀る小祠を建てたことに始まり、境内に牛馬供養塚を持つ社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市西区西野290番地257
この場所について
上手稲神社は札幌市西区にある神社です。御祭神は天照大神と須佐之男命です。明治9年、仙台藩よりの開拓者が守護神として須佐之男命を祭神とし、小祠を建立して上手稲神社と称しました。明治31年に天照大神を合祀しています。大正9年には牛馬供養塚を建立しました。昭和28年に宗教法人となり、昭和40年に現在地へ遷座しています。昭和51年に御創祀百周年記念大祭を斎行し、平成2年に新社務所が完成、平成8年には御創祀百二十周年記念大祭を斎行しました。例祭は9月16日、宵宮祭は9月15日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
明治9年、仙台藩よりの開拓者が守護神として須佐之男命を祭神とし、小祠を建立して上手稲神社と称しました。明治31年に天照大神を合祀しています。
大正9年には牛馬供養塚を建立しました。昭和28年に宗教法人となり、昭和40年に現在地へ遷座しています。
昭和51年に御創祀百周年記念大祭を斎行し、平成2年に新社務所が完成、平成8年には御創祀百二十周年記念大祭を斎行しました。
ご利益とされてきたこと
仙台藩からの開拓者が建てた
明治9年、仙台藩よりの開拓者が守護神として須佐之男命を祭神とし、小祠を建立して上手稲神社と称しました。
史料に基づく牛馬供養塚
大正9年、牛馬供養塚を建立しました。
史料に基づく天照大神の合祀
明治31年に天照大神を合祀しています。
史料に基づく
この社の境内には、牛と馬のための塚があります。大正9年に建立された牛馬供養塚です。この一覧に動物が出てくる場所はいくつもありますが、たいていは場所や道筋を決める側でした。太宰府天満宮の墓所は牛が決め、大川の風浪宮は白鷺の降りた地に建ち、春日大社の神は白鹿に乗って来られています。ここでは動物が、弔われる側にいます。開拓の土地で働いた牛馬のための塚という点で、この一覧に並ぶものがありません。
開拓者の出どころは仙台藩です。同じ札幌の琴似神社も旧亘理藩、いまの宮城県からの屯田兵が建てました。宮城から来た人々の社が、札幌に二つあることになります。
名前と場所は、いまはずれています。社名は上手稲ですが、住所は西区西野です。昭和40年に現在地へ遷座したためで、名乗っている土地と立っている土地が違う形になっています。
神は途中で増えました。はじめは須佐之男命だけ、明治31年に天照大神を合祀しています。守護神として選ばれたのが須佐之男命で、伊勢の神があとから加わった順序です。
関連ガイド
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出典
- 上手稲神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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