月寒神社
西山神社
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ひとことで言うと
西山神社として創立許可を受け、二度の移転と一度の改称を経て現在地に至った社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市豊平区月寒西3条4丁目1番56号
- ご祭神・ご本尊
- 稲荷大神
この場所について
月寒神社は札幌市豊平区にある神社です。御祭神は倉稲魂命、大山祇命、市杵島姫命、宇摩志麻遲命です。明治33年(1900)9月7日の創立で、大正7年11月2日に村社に列格しました。明治17年9月に札幌郡豊平町字西山通へ鎮座し、明治33年9月7日、北海道庁指令2307号をもって無格社西山神社と公称し創立の許可を受けています。明治36年10月28日に月寒神社と改称して月寒村17番地への移転を出願し、明治37年5月24日に移転許可を受けました。大正7年2月16日には月寒498番地、すなわち現所在地への移転許可を出願し、同年3月4日に許可を受けています。同年11月2日に村社へ列格し、幣帛供進神社に指定されました。昭和46年12月2日、社殿、参集所、社務所の御造営が竣功して現在に至ります。例祭は9月8日、宵宮祭は9月7日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
明治17年9月に札幌郡豊平町字西山通へ鎮座し、明治33年9月7日、北海道庁指令2307号をもって無格社西山神社と公称し創立の許可を受けています。
明治36年10月28日に月寒神社と改称して月寒村17番地への移転を出願し、明治37年5月24日に移転許可を受けました。大正7年2月16日には月寒498番地、すなわち現所在地への移転許可を出願し、同年3月4日に許可を受けています。
同年11月2日に村社へ列格し、幣帛供進神社に指定されました。昭和46年12月2日、社殿、参集所、社務所の御造営が竣功して現在に至ります。
ご利益とされてきたこと
指令2307号による創立許可
明治33年9月7日、北海道庁指令2307号をもって無格社西山神社と公称し、創立の許可を受けました。
史料に基づく改称と二度の移転
明治36年に月寒神社と改称して移転を出願し明治37年に許可、大正7年に現所在地への移転許可を受けています。
史料に基づく村社列格と幣帛供進神社
大正7年11月2日に村社へ列格し、幣帛供進神社に指定されました。
史料に基づく
この社の由緒は、ほとんどが書類です。北海道庁指令2307号をもって無格社西山神社と公称し創立の許可を受けた——指令の番号まで残っています。そのあとも、改称と移転の出願日と許可日が対になって並びます。明治36年10月28日に出願、明治37年5月24日に許可。大正7年2月16日に出願、同年3月4日に許可。神がどこから来たかではなく、手続きがいつ通ったかが記録の中身です。
札幌には同じ書き方の社があります。札幌村神社は、村民一同協議の上での出願と許可を由緒に書き、そもそも社名自体が許可されなかった申請の跡でした。この一覧の札幌は、神を運んできた話と、役所を通した話の二種類でできています。
名前も途中で変わっています。はじめは西山神社、明治36年に月寒神社へ。移転の出願と同時の改称で、新しい土地の名を名乗り直したことになります。
祀られる四柱のうち、市杵島姫命はこの一覧の各地に現れます。福岡の宗像大社では天照大御神の三女神の一柱として、奈良の天河大辨財天社では辨財天として信仰されています。同じ神が、九州でも大和でも札幌でも祀られていることになります。
関連ガイド
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出典
- 月寒神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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