山口神社
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ひとことで言うと
明治18年、山口県からの移住者が伊勢神宮の遥拝所を設けたことに始まり、のちに山口神社として創立の許可を受けた社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市手稲区手稲山口552番地1
- ご祭神・ご本尊
- 天照大御神
この場所について
山口神社は札幌市手稲区手稲山口にある神社です。御祭神は天照大神と豊受大神です。明治18年、山口県よりの移住者が当地に伊勢神宮の遥拝所を設けたのに始まります。明治35年9月17日、山口神社として創立の許可を受けました。昭和18年6月28日に村社へ昇格し、昭和43年に旧社殿および社務所を新築しています。平成25年には山口神社御鎮座百十年記念事業奉賛会を設立し、4月30日に地鎮祭、6月15日に上棟祭、9月4日に本殿遷座祭が斎行されました。例祭は9月19日、宵宮祭は9月18日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
明治18年、山口県よりの移住者が当地に伊勢神宮の遥拝所を設けたのに始まります。
明治35年9月17日、山口神社として創立の許可を受けました。昭和18年6月28日に村社へ昇格し、昭和43年に旧社殿および社務所を新築しています。
平成25年には山口神社御鎮座百十年記念事業奉賛会を設立し、4月30日に地鎮祭、6月15日に上棟祭、9月4日に本殿遷座祭が斎行されました。
ご利益とされてきたこと
伊勢神宮の遥拝所として
明治18年、山口県よりの移住者が当地に伊勢神宮の遥拝所を設けたのに始まります。
史料に基づく山口神社として創立の許可
明治35年9月17日、山口神社として創立の許可を受けました。
史料に基づく御鎮座百十年の記念事業
平成25年に記念事業奉賛会を設立し、4月30日に地鎮祭、6月15日に上棟祭、9月4日に本殿遷座祭が斎行されました。
史料に基づく
この社も、遠くを拝む場所として始まっています。明治18年、山口県よりの移住者が当地に伊勢神宮の遥拝所を設けた——ただし拝む先が違います。この一覧の遥拝所は、これで四つ目です。福岡の宗像大社沖津宮遙拝所は掟で渡れない島を、同じ札幌の相馬神社と手稲神社は市内の札幌神社を拝みました。ここが拝んだのは伊勢神宮です。海を渡り、本州を縦に越えた先にあります。隔たりの大きさでは、この四つのうち群を抜いています。
そして手稲神社と同じく、この社も拝む側から拝まれる側になりました。明治35年9月17日、山口神社として創立の許可を受けています。札幌の遥拝所のうち二つが、自分を生んだ隔たりを追い越したことになります。
名前は移住者の郷里の名です。山口県から来た人々が山口神社と名づけ、いまこの土地は手稲山口と呼ばれています。同じ札幌の烈々布神社や苗穂神社は村の名を社の名にしましたが、ここは逆で、社の名のもとになった郷里の名が土地の名になりました。
御祭神は天照大神と豊受大神です。伊勢を拝む場所として始まった以上、伊勢の二柱がそのまま祭神になっていることになります。
関連ガイド
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- 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
- 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
- お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。
出典
- 山口神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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