札幌水天宮
水天宮
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ひとことで言うと
明治17年、旧久留米藩士の水野源四郎翁が九州久留米の水天宮本宮より御分霊を奉戴して渡道したことに始まる、日本第39分霊社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市中央区南9条西4丁目6番20号
この場所について
札幌水天宮は札幌市中央区にある神社です。御祭神は天之御中主神、安徳天皇、高倉平中宮、二位尼時子、大國魂命、大己貴命、少彦名命です。明治17年(1884)、旧久留米藩士の水野源四郎翁が、九州久留米水天宮本宮より御分霊を奉戴して渡道しました。明治18年に鴨々川畔に祀られ、明治21年に現在地である札幌市中央区南9条西4丁目に社殿を建てています。昭和27年に神社本庁に所属し、日本第39分霊社となりました。昭和60年に百年奉祝祭、平成7年に百十年祭を斎行しています。例祭は7月25日、宵宮祭は7月24日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
明治17年(1884)、旧久留米藩士の水野源四郎翁が、九州久留米水天宮本宮より御分霊を奉戴して渡道しました。
明治18年に鴨々川畔に祀られ、明治21年に現在地である札幌市中央区南9条西4丁目に社殿を建てています。
昭和27年に神社本庁に所属し、日本第39分霊社となりました。昭和60年に百年奉祝祭、平成7年に百十年祭を斎行しています。
ご利益とされてきたこと
久留米の本宮から
明治17年(1884)、旧久留米藩士の水野源四郎翁が、九州久留米水天宮本宮より御分霊を奉戴して渡道しました。
史料に基づく日本第39分霊社
昭和27年に神社本庁に所属し、日本第39分霊社となりました。
史料に基づく鴨々川畔から現在地へ
明治18年に鴨々川畔に祀られ、明治21年に現在地へ社殿を建てました。
史料に基づく
この社は、本宮の名を書いています。九州久留米水天宮本宮より御分霊を奉戴し渡道した——その久留米の水天宮は、この一覧の福岡にあり、全国の水天宮の総本宮を名乗る社です。そして東京の水天宮も同じ一覧にあり、そちらは文政元年に久留米藩九代藩主・有馬頼徳が藩邸に勧請したものです。一つの本宮と二つの分霊が、すべてこのサイトに載っていることになります。三つ揃う系譜は、この一覧にほかにありません。
しかもこの社は、自分の番号を知っています。昭和27年に神社本庁に所属し、日本第39分霊社となった、と。全国の系列の中で何番目かを書いている社は、この一覧でここだけです。
運んだのは、藩がなくなったあとの藩士でした。旧久留米藩士水野源四郎翁。同じ札幌では、琴似神社を旧亘理藩の屯田兵が、相馬神社を岩手県水沢の旧藩士が始めています。旧藩士が郷里の神を北へ運ぶという形が、この地方に繰り返し現れます。
祀られる神は七柱です。天之御中主神と、平家の終わりに属する安徳天皇、高倉平中宮、二位尼時子。そこに大國魂命、大己貴命、少彦名命が加わります。あとの三柱は、北海道神宮の開拓三神と同じ顔ぶれです。九州から来た神と、この土地の開拓の神が、一つの社に並んでいることになります。
関連ガイド
- 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
- 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
- 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
- お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。
出典
- 水天宮 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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