札幌護国神社
札幌招魂社 · 札幌彰徳神社
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ひとことで言うと
明治10年の西南の役に戦病没した屯田兵の霊を祀ることに始まり、護国の神霊25,548柱を奉斎する社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市中央区南15条西5丁目1-1
この場所について
札幌護国神社は札幌市中央区にある神社です。御祭神は護国の神霊25,548柱です。明治10年の西南の役に戦病没した屯田兵の霊を祀ることに始まります。有栖川熾仁親王により屯田兵招魂碑と題し、明治12年8月2日、屯田兵司令部において祭祀を斎行しました。明治40年2月に中島公園へ移転し、明治27・28年の日清戦争の戦病没者を合祀、明治37・38年の日露戦争の戦病没者の合祀のため忠魂碑を建て、乃木将軍がこれを題しています。昭和8年11月17日に現在地へ札幌招魂社を造営し、官幣大社札幌神社に奉斎せる神霊を此処に奉還しました。昭和11年、昭和天皇北海道行幸の砌に祭粢料を御下賜されています。昭和14年4月1日に内務省指定の護国神社となり、終戦により昭和21年4月30日に神社本庁へ所属、同年12月12日に札幌彰徳神社と改称しました。昭和26年10月23日、境内社多賀殿の奉斎が神社本庁に承認されています。昭和47年2月3日には昭和天皇皇后両陛下の御親拝がありました。昭和54年7月6日に御創祀百年奉祝祭、平成7年・平成17年・平成27年の8月15日に天皇陛下奉幣臨時大祭が執行されています。例祭は7月6日10時より、宵宮祭は7月5日18時より、後日祭は7月7日10時より斎行されます。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
明治10年の西南の役に戦病没した屯田兵の霊を祀ることに始まります。有栖川熾仁親王により屯田兵招魂碑と題し、明治12年8月2日、屯田兵司令部において祭祀を斎行しました。
明治40年2月に中島公園へ移転し、明治27・28年の日清戦争の戦病没者を合祀、明治37・38年の日露戦争の戦病没者の合祀のため忠魂碑を建て、乃木将軍がこれを題しています。
昭和8年11月17日に現在地へ札幌招魂社を造営し、官幣大社札幌神社に奉斎せる神霊を此処に奉還しました。昭和11年、昭和天皇北海道行幸の砌に祭粢料を御下賜されています。昭和14年4月1日に内務省指定の護国神社となりました。
終戦により昭和21年4月30日に神社本庁へ所属し、同年12月12日に札幌彰徳神社と改称しました。昭和26年10月23日、境内社多賀殿の奉斎が神社本庁に承認されています。昭和47年2月3日には昭和天皇皇后両陛下の御親拝がありました。昭和54年7月6日に御創祀百年奉祝祭、平成7年・平成17年・平成27年の8月15日に天皇陛下奉幣臨時大祭が執行されています。
ご利益とされてきたこと
屯田兵司令部での祭祀
有栖川熾仁親王により屯田兵招魂碑と題し、明治12年8月2日、屯田兵司令部において祭祀を斎行しました。
史料に基づく札幌神社からの奉還
昭和8年11月17日に現在地へ札幌招魂社を造営し、官幣大社札幌神社に奉斎せる神霊を此処に奉還しました。
史料に基づく護国の神霊25,548柱
御祭神は護国の神霊25,548柱です。例祭は7月6日、宵宮祭は7月5日、後日祭は7月7日に斎行されます。
史料に基づく
この一覧の札幌では、屯田兵は社を建てる側として何度も出てきます。琴似神社も新琴似神社も、入ってきた屯田兵とその家族が氏神を置いた社です。ここでは屯田兵は祀られる側にいます。明治10年の西南の役に戦病没した屯田兵の霊を祀る——これが由緒の一行目です。
最初の祭祀の場所も、社ではありませんでした。明治12年8月2日、屯田兵司令部において斎行されています。碑に屯田兵招魂碑と題したのは有栖川熾仁親王、のちに中島公園で建てられた忠魂碑を題したのは乃木将軍と記されます。
札幌神社との関係は、この一覧で唯一向きが逆です。ほかの社は札幌神社から分霊を受けて出ていきましたが、ここでは昭和8年11月17日、官幣大社札幌神社に奉斎せる神霊を此処に奉還する、と書かれています。出ていくのではなく、戻ってきた神霊です。
創祀の起点も読み取れます。昭和54年7月6日に御創祀百年奉祝祭が行われていますから、百年は明治12年の祭祀から数えられています。戦病没の明治10年ではありません。
名は昭和21年12月12日に札幌彰徳神社と改称されたと記されます。いまの社名に戻った年は、この由緒には書かれていません。
記述ごとの根拠 2
関連ガイド
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出典
- 札幌護国神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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