札幌三吉神社
三吉神社
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ひとことで言うと
明治11年、秋田県人木村藤吉が郷里の太平山鎮座三吉神社の御分霊を豊平川東詰に奉斎したことに始まる社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市中央区南1条西8丁目17番地
- ご祭神・ご本尊
- 大国主命
この場所について
札幌三吉神社は札幌市中央区にある神社です。御祭神は大己貴神、少彦名神、藤原三吉神、金刀比羅宮、天満宮です。明治11年5月、秋田県人木村藤吉が、秋田の国太平山鎮座三吉神社の御分霊を豊平川東詰に奉斎したことに始まり、明治12年4月に現在地へ遷座しました。当初は毎月8日、5月8日が例祭日でしたが、3代目宮司佐藤桂により大正13年に例祭日が5月15日に変更されました。昭和52年に社殿が造営され、昭和54年に子供みこしが復活、昭和60年には46年ぶりに神輿渡御が復活しました。例祭は5月15日、宵宮祭は5月14日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
明治11年5月、秋田県人木村藤吉が、秋田の国太平山鎮座三吉神社の御分霊を豊平川東詰に奉斎したことに始まります。明治12年4月に現在地へ遷座しました。
当初は毎月8日、5月8日が例祭日でしたが、3代目宮司佐藤桂により大正13年に例祭日が5月15日に変更されました。
昭和52年に社殿が造営され、昭和54年に子供みこしが復活、昭和60年には46年ぶりに神輿渡御が復活しました。
ご利益とされてきたこと
一人が運んだ御分霊
明治11年5月、秋田県人木村藤吉が秋田の国太平山鎮座三吉神社の御分霊を豊平川東詰に奉斎しました。
史料に基づく翌年には現在地へ
明治12年4月に現在地へ遷座しました。
史料に基づく46年ぶりの神輿渡御
昭和54年に子供みこしが復活し、昭和60年には46年ぶりに神輿渡御が復活しました。
史料に基づく
この社を建てたのは、名前の残っている一人の個人です。秋田県人木村藤吉——出身県と姓名が書かれ、その人が郷里の太平山に鎮座する三吉神社の御分霊を豊平川の東詰に奉斎しました。
札幌の神社の始まりには、たいてい人数が書かれています。北海道神宮は国の事業として開拓三神を運び、琴似神社は最初の屯田兵240戸が、西野神社は五戸の入植者が建てました。240戸、五戸、そしてここは一人です。持ってきたものも、神そのものではなく御分霊、つまり郷里の社から分けてもらった一部でした。
祀られる神は五つ並びます。大己貴神、少彦名神、藤原三吉神、金刀比羅宮、天満宮。神の名と、社の名が混ざって並んでいます。
祭りの日付は一度動かされています。当初は毎月8日と5月8日でしたが、3代目宮司佐藤桂が大正13年に5月15日へ変更しました。祭り自体も一度途切れており、神輿渡御が復活したのは昭和60年、46年ぶりのことでした。この一覧では、福岡の南蔵院や英彦山神宮のように自分の断絶を記す社がありますが、ここが記すのは信仰の断絶ではなく行事の中断です。
関連ガイド
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出典
- 三吉神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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