北海道神宮

神社・祠堂 · 札幌

札幌神社

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ひとことで言うと

明治二年に東京で祀られた開拓三神の御霊代が船で函館に渡り、開拓判官島義勇が背負って札幌に運び入れたことに始まる社です。

The precinct of Hokkaido Jingu at Maruyama, Sapporo.
yamai36 / Wikimedia Commons (CC BY 3.0)

基本情報

住所
北海道札幌市中央区宮ケ丘474
ご祭神・ご本尊
明治天皇 · 大国主命

この場所について

北海道神宮は札幌市中央区にある神社です。御祭神は大國魂神、大那牟遲神、少彦名神、明治天皇です。明治2年9月1日、明治天皇の詔により東京の神祇官において、大国魂神、大那牟遅神、少彦名神の開拓三神を祀る「北海道鎮座神祭」が執行されました。明治2年9月21日、御霊代は2代目開拓長官東久世通禧が奉戴し英船テールス号にて函館に渡り、函館より開拓判官島義勇が背負い札幌の地に入りました。明治3年5月15日、北5条東1丁目に仮社殿を造営して遷座し、明治4年5月14日に「札幌神社」と社名が定まり国幣小社に列せられ、同年9月14日に円山の地に社殿を造営して鎮座しました。明治32年に官幣大社に昇格し、大正2年には伊勢神宮の古材を用いた本殿が完成しました。昭和39年10月5日、明治天皇を増祀して北海道神宮と改称されました。例祭は6月15日です。御利益についての記載はありません。

由緒と歴史

明治2年9月1日、明治天皇の詔により東京の神祇官において、大国魂神、大那牟遅神、少彦名神の開拓三神を祀る「北海道鎮座神祭」が執行されました。

明治2年9月21日、御霊代は2代目開拓長官東久世通禧が奉戴し英船テールス号にて函館に渡り、函館より開拓判官島義勇が背負い札幌の地に入りました。明治3年5月15日、北5条東1丁目に仮社殿を造営して遷座し、明治4年5月14日に「札幌神社」と社名が定まり国幣小社に列せられ、同年9月14日に円山の地に社殿を造営して鎮座しました。

明治32年に官幣大社に昇格し、大正2年には伊勢神宮の古材を用いた本殿が完成しました。昭和39年10月5日、明治天皇を増祀して北海道神宮と改称されました。

ご利益とされてきたこと

  • 由緒

    島義勇が背負って札幌へ

    御霊代は東久世通禧が奉戴して英船テールス号にて函館に渡り、函館より開拓判官島義勇が背負い札幌の地に入りました。

    史料に基づく
  • 由緒

    東京で祀られた開拓三神

    明治2年9月1日、明治天皇の詔により東京の神祇官で大国魂神、大那牟遅神、少彦名神を祀る「北海道鎮座神祭」が執行されました。

    史料に基づく
  • ここでできること

    伊勢神宮の古材による本殿

    明治32年に官幣大社に昇格し、大正2年には伊勢神宮の古材を用いた本殿が完成しました。

    史料に基づく

この社の始まりは、神が運ばれてきたことです。御霊代は英船テールス号で函館に渡り、函館からは開拓判官島義勇が背負って札幌に入った——船と、人の背中。神がどこから来たかではなく、どうやって来たかまで書かれている社は、この一覧に他にありません。

この一覧の神社は、たいていその土地の神です。奈良の大神神社は山そのものを、京都の伏見稲荷大社は稲荷山を神体とし、福岡の宗像大社は海の上の島に鎮座しています。ここは逆で、神は東京の神祇官で祀られてから、あとで運ばれてきました。札幌の神社の多くが同じ形をしています。琴似神社は屯田兵が旧藩の藩祖を、三吉神社は秋田の人が郷里の御分霊を、西野神社は五戸の入植者が故郷の産土神を、それぞれ持ってきています。

名前も二度変わっています。明治4年に「札幌神社」と定まり、昭和39年に明治天皇を増祀して「北海道神宮」となりました。福岡の英彦山神宮は勅によって二度、田川の風治八幡宮は領主によって一字ずつ名を改められています。ここは、祀る神が増えたことによる改称です。

大正2年の本殿は、伊勢神宮の古材を用いて建てられました。頁に御利益にあたる記述はありません。ですからこのページも願い事の分類をつけていません。

記述ごとの根拠 2
  • The spirit-tokens were shipped to Hakodate and carried from there into Sapporo on the back of the colonisation magistrate Shima Yoshitake. 史料に基づく
  • Named Sapporo Jinja in 1871, it was renamed Hokkaido Jingu in 1964 when Emperor Meiji was added to its deities. 史料に基づく

関連ガイド

  • 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
  • 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
  • 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
  • お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。

出典

  1. 北海道神宮 — 北海道神社庁 (閲覧日 2026-08-16)
  2. 北海道神宮 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)

最終更新:

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