札幌諏訪神社
諏訪神社
AIの支援を受けて調査・翻訳しています。記述には出典を付けていますが、誤りが残ることがあります。参拝時間・料金・閉鎖の有無は公式サイトでご確認ください。このサイトについて
ひとことで言うと
信濃から移住した上島正ら三十余名が開墾を始め、四年後に移住者の総意で信濃国一の宮から御分霊を勧請した社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市東区北12条東1丁目1-10
この場所について
札幌諏訪神社は札幌市東区にある神社です。御祭神は建御名方命と八坂刀売命です。明治11年、信濃の国人である上島正ほか30余名がこの地に移住し開墾を始めました。移住者の総意により、明治15年3月12日、信濃国一の宮・官幣大社諏訪神社より御分霊を勧請して奉斎しています。明治31年2月14日に内務省へ出願して列格し、昭和9年4月19日に村社に列格、昭和20年に郷社への昇格を申請しました。昭和41年に新社殿が造営され、昭和57年に御鎮座百年祭、平成4年に百十年祭、平成14年に百二十年祭、平成24年に百三十年祭を迎えています。例祭は9月12日、宵宮祭は9月11日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
明治11年、信濃の国人である上島正ほか30余名がこの地に移住し開墾を始めました。
移住者の総意により、明治15年3月12日、信濃国一の宮・官幣大社諏訪神社より御分霊を勧請して奉斎しています。
明治31年2月14日に内務省へ出願して列格し、昭和9年4月19日に村社に列格、昭和20年に郷社への昇格を申請しました。昭和41年に新社殿が造営され、昭和57年に御鎮座百年祭、平成24年には百三十年祭を迎えています。
ご利益とされてきたこと
移住者の総意で勧請
移住者の総意により、明治15年3月12日、信濃国一の宮・官幣大社諏訪神社より御分霊を勧請して奉斎しました。
史料に基づく信濃から三十余名
明治11年、信濃の国人である上島正ほか30余名がこの地に移住し開墾を始めました。
史料に基づく御鎮座百三十年
昭和41年に新社殿が造営され、昭和57年の百年祭を経て平成24年に百三十年祭を迎えています。
史料に基づく
この社では、人のほうが四年早く着いています。明治11年に上島正ほか30余名が移住して開墾を始め、御分霊が勧請されたのは明治15年3月12日でした。札幌の社の多くは神と一緒に来ています。北海道神宮の開拓三神は船と人の背で、西野神社の五戸は産土神を抱いて、三吉神社の木村藤吉は郷里の御分霊を持って渡りました。ここは、着いてから呼び寄せています。
呼び寄せ方も書かれています。移住者の総意により——誰か一人が持ってきたのではなく、三十余名の合意で決まりました。琴似神社の240戸、西野神社の五戸、手稲神社の250戸と同じく、ここにも人数が残っていますが、その人数が果たした役割が違います。ここでは、人数は運んだ手ではなく、決めた頭数です。
勧請元は信濃国一の宮・官幣大社諏訪神社です。この一覧の札幌に運ばれてきた神の出どころは、宮城、秋田、青森、京都、そして信濃と広がっています。移住元の地図が、そのまま祭神の系譜になっています。
年表は百三十年を数えます。明治31年の列格から昭和9年の村社、昭和41年の新社殿、そして昭和57年の百年祭、平成24年の百三十年祭まで。
関連ガイド
- 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
- 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
- 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
- お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。
出典
- 諏訪神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
近いご利益のスポット
8件
神社・祠堂札幌村神社
札幌神社と名乗ろうとして官幣大社と同名のため許可されず、「村」を付けた名で創立された社です。
神社・祠堂札幌三吉神社
明治11年、秋田県人木村藤吉が郷里の太平山鎮座三吉神社の御分霊を豊平川東詰に奉斎したことに始まる社です。
神社・祠堂苗穂神社
「庚午一の村」と呼ばれた土地が苗穂村と名付けられ、のちに札幌神社から少彦名神の分霊を受けて創建された社です。
神社・祠堂札幌水天宮
明治17年、旧久留米藩士の水野源四郎翁が九州久留米の水天宮本宮より御分霊を奉戴して渡道したことに始まる、日本第39分霊社です。
神社・祠堂彌彦神社
明治45年に越後一の宮弥彦神社の御分霊を祀り、のちに太宰府天満宮からも御分霊を迎えた、二つの親を持つ社です。
神社・祠堂烈々布神社
村名を冠して名づけられ、明治26年に札幌の三吉神社から三柱の御分祀を受けた社です。
神社・祠堂豊平神社
東北からの移住者が多かったこの地域で、故郷の氏神である上毛野田道命を祀ったことに始まる社です。
神社・祠堂琴似神社
北海道開拓使最初の屯田兵として入植した240戸が、旧藩の藩祖を武早智雄神と尊称して創建した社です。
条件に合うスポットがありません