烏森神社

神社 · 東京

Karasumori Shrine · Karasumori Jinja · 烏森稲荷

AIの支援を受けて調査・翻訳しています。記述には出典を付けていますが、誤りが残ることがあります。参拝時間・料金・閉鎖の有無は公式サイトでご確認ください。このサイトについて

ひとことで言うと

新橋の路地の奥にある社で、940年、平将門を討った将軍が創建したと伝えられます。芸能の神を祀る数少ない社の一つでもあります。

Karasumori Shrine at the end of a narrow alley in Shimbashi
Photo: Higa4, CC0 1.0, via Wikimedia Commons · ライセンス

基本情報

住所
東京都港区新橋2-15-5
アクセス
JR各線、東京メトロ銀座線、都営浅草線、ゆりかもめの新橋駅から二、三分、西側の路地を抜けた先です。
参拝時間
参拝時間と授与所の時間は、社の公式サイトに掲載されています。お出かけ前にご確認ください。
おすすめの時間帯・時期
5月4日・5日・6日の例大祭。烏森祭と呼ばれ、社はこれを夏祭りのいちばん早いものと説明しています。
ご祭神・ご本尊
天鈿女命 · 稲荷大神 · 瓊瓊杵尊
公式サイト
karasumorijinja.or.jp

この場所について

烏森神社は新橋の飲み屋街の細い路地を入った突き当たりにあり、940年創建の社が立つ場所としては少々変わった立地です。名は、ここが江戸湾の浜だったころ、松林に鴉が巣を作っていたことによります。祀られているのは三柱で、そのうちの一柱が天鈿女命です。この神を祀る社は少ない、と社は記しています。

由緒と歴史

このあたりはかつて武蔵国桜田村の一部で、江戸湾に面した砂浜に松林が続いていました。枯洲の森と呼ばれていたところ、その松に鴉が集まって巣を作ったことから烏の森と呼ばれるようになり、烏森の名はここから来ています。

社伝では創建は940年です。平将門が東国で乱を起こしたとき、俵藤太の名でも、また百足退治の話でも知られる藤原秀郷が、武蔵の稲荷社に戦勝を祈願しました。すると白狐が現れて白羽の矢を授け、秀郷はこれをもって乱を速やかに鎮めます。礼に社を建てたいと願ったところ、夢に白狐が現れ、神鴉の群がるところが霊地であると告げました。秀郷が桜田村の森へ行ってみると、夢のとおり鴉が集まっており、そこに社を建てたといいます。

明暦の大火で市街が焼けたとき、烏森稲荷だけは焼け残ったと社は伝えており、それが霊験とされて信仰を集めました。日本橋の椙森神社、神田の柳森神社とあわせて江戸三森と呼ばれます。烏森稲荷から烏森神社へ改称したのは1873年、現在の社殿は1971年のものです。

ご利益とされてきたこと

  • 由緒

    白狐と、白羽の矢と、夢

    将門討伐に向かう藤原秀郷に白狐が白羽の矢を授け、のちに夢の中で、鴉の集まるところに社を建てよと告げたと社は伝えています。

    言い伝え
  • 信仰・ご利益仕事運金運

    必勝と、至難を超えること

    社が自ら挙げる御神徳には、必勝祈願の成就と至難超克が、商売繁盛と並んで記されています。

    史料に基づく
  • 信仰・ご利益技芸上達

    芸能の神を祀る社

    芸能の神として崇敬される天鈿女命を祀る社は少ない、と社は記し、御神徳に技芸上達を挙げています。

    史料に基づく
  • 由緒

    くぐり抜けた火事

    明暦の大火で江戸が焼けたとき、この社だけは焼けずに残ったと社は伝えており、以来、信仰が広がりました。

    言い伝え

社は御神徳を飾らずに並べています。商売繁盛、技芸上達、家内安全、必勝祈願の成就、至難超克、繁栄弥栄、万事円満、富貴繁栄。このうち三つがこのページのご利益になっています。商売繁盛と富貴繁栄が金運で、長くビジネス街に立ってきた社にはふさわしいところです。必勝祈願の成就と至難超克が仕事運で、当サイトのほかのページと同じ意味で使っています。昇進のことではなく、競う相手のいる場面で勝つ、という意味です。

この意味はここでは偶然ではありません。社はそもそも勝ち戦から生まれています。藤原秀郷は平将門に向かう前に稲荷社に祈願し、白狐から白羽の矢を授かって乱を鎮めました。その礼を述べたいという気持ちがこの社を生んでいます。当サイトには今、この同じ乱に三方向からつながる場所が並んでいます。将門を祀る神田明神、その調伏のために本山が開かれた深川不動堂、そして討った側が建てたこの社です。それぞれが自分の側だけを語っていて、どこも互いに触れていません。

三つ目の技芸上達は、評判ではなくご祭神から出ています。天鈿女命は天岩戸の神話で舞った神で、芸能の神として崇敬されており、この神を祀る社は少ないと社は書いています。このページの技芸上達はそこに拠るもので、芸能の人が訪れてきた理由でもあります。

あとは江戸の話です。日本橋の椙森、神田の柳森とあわせて江戸三森と呼ばれ、百を超える稲荷の番付でも上位に置かれ、祭礼は江戸で指折りの賑わいだったといいます。1930年に作られた大神輿は八棟造で、社はこれを非常にめずらしく、大きさでも並ぶものがないとしています。

記述ごとの根拠 7
  • The name Karasumori comes from the pine woods on the beach of Edo Bay here, where crows gathered and nested, giving the place the name crow forest. 史料に基づく
  • The shrine dates its founding to 940, relating that Fujiwara no Hidesato prayed for victory at an Inari shrine in Musashi during the rebellion of Taira no Masakado, received a white-feathered arrow from a white fox, put down the rising, and was told in a dream to build where the sacred crows gathered. 言い伝え
  • The shrine enshrines Uganomitama, Ame-no-Uzume and Ninigi, and notes that it is one of the few shrines to enshrine Ame-no-Uzume, who is revered as a deity of the performing arts. 史料に基づく
  • The shrine names prosperity in trade, improvement in the arts, safety in the household, the fulfilment of prayers for victory, overcoming great difficulty, unending prosperity, all things going smoothly, and wealth and flourishing among its virtues. 史料に基づく
  • The shrine relates that it alone escaped the Meireki fire when the rest of the city burned, and that devotion to it grew from then. 言い伝え
  • The shrine was known as one of the three forests of Edo together with Sugimori Shrine in Nihonbashi and Yanagimori Shrine in Kanda; it was renamed from Karasumori Inari to Karasumori Shrine in 1873 and the present hall was built in 1971. 史料に基づく
  • Its great portable shrine was made in 1930 by the shrine-maker Yamamoto Shōtarō of Kanda Tashirocho and repaired in 1982; the shrine describes the eight-ridged form as very rare and its size as unmatched. 史料に基づく

参拝のポイント

作法は一般のとおりです。烏森神社ならではの点を挙げます。

まず、見つけにくい社です。新橋の飲み屋街の細い路地の突き当たりにあり、開けた参道はありません。通りから見てもそれとわかりません。

今この社がいちばん知られているのは、色とりどりの御神籤と御朱印です。その列のほうが、参拝の列より長いこともあります。

5月4日から6日の例大祭は、境内で完結しません。境内らしい境内がないので、まわりの路地が会場になります。

関連ガイド

  • 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
  • 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
  • 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
  • お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。

出典

  1. About Karasumori Shrine (烏森神社について) — Karasumori Shrine (閲覧日 2026-08-02)
  2. Karasumori Shrine (Q11567255) coordinate location — Wikidata (閲覧日 2026-08-02)

最終更新:

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