福徳神社

神社 · 東京

Fukutoku Shrine · 芽吹稲荷 · 福徳稲荷

AIの支援を受けて調査・翻訳しています。記述には出典を付けていますが、誤りが残ることがあります。参拝時間・料金・閉鎖の有無は公式サイトでご確認ください。このサイトについて

ひとことで言うと

名がそのまま福徳を意味する日本橋の小さな社で、江戸時代には幕府公認の富くじを興行し、今も宝くじ当選のご祈願を受け付けています。

Fukutoku Shrine in its plaza, rebuilt as part of the Nihonbashi Muromachi development
Photo: Indiana jo, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

基本情報

住所
東京都中央区日本橋室町2-4-14
アクセス
東京メトロ銀座線・半蔵門線の三越前駅A6出口から一分、JR総武快速線の新日本橋駅も近くです。
参拝時間
授与所と御朱印の受付は10時から17時までです。ご祈祷は11時から15時まで30分おきで、電話での予約が必要です。
おすすめの時間帯・時期
オフィス街の中にあり駅から1分ですので、平日ならいつでも。境内は狭く、参拝は数分で済みます。
ご祭神・ご本尊
弁才天 · 稲荷大神 · 徳川家康
公式サイト
mebuki.jp

この場所について

福徳神社は日本橋室町の現代的な広場に立ち、三越前駅から一分、まわりはオフィスビルに囲まれています。この地が福徳村という田畑だった九世紀から、すでにここにあったと伝えられます。徳川の世には、火災のあとの再建費用を賄うために公認の富くじを興行しました。今も宝くじ当選のご祈願を受け付けています。

由緒と歴史

社は創建の年代を明らかでないとしつつ、古い伝えでは貞観年間、859年から877年のあいだにすでにこの地にあったとしています。当時の日本橋室町二丁目あたりは武蔵国豊島郡福徳村で、農漁を営む家がまばらに散る野でした。

はじめは稲荷の祠と呼ばれ、のちに村の名をとって福徳稲荷と呼ばれるようになります。土地の人はその森を稲荷の森、その端に立つ石を稲荷の一里塚と呼びました。この石は1657年の地震で倒れ、碑文は写しだけが残っています。

社の記録では、源義家と太田道灌がこの社を崇敬し、道灌はのちにここに祀られました。徳川家康は1590年八月に初めて参詣し、その後も何度か訪れています。本多忠勝は関ヶ原の功により家康から賜った紙立をここに奉納し、東照宮の神霊として祀るよう命じました。家康がご祭神に加わっているのはそのためです。二代将軍秀忠は1614年正月に参詣し、福徳とはまことにめでたい名であると称えています。

ご利益とされてきたこと

  • 由緒金運

    幕府公認の富くじ

    社は火災のあと、1822年から1858年までに六度、富くじによる資金集めを許されています。文政・天保年間のそれは幕府公認の御免富でした。

    史料に基づく
  • 信仰・ご利益金運

    宝くじ当選のご祈願

    社が行う祈願の一覧の筆頭に置かれているのが、宝くじ当選です。抽選券当選の祈願もあります。

    史料に基づく
  • 由緒

    一等三百両

    江戸後期の富くじの番付は、この社の富くじを当時の最高額に位置づけ、山王、根津、京都の二社と並べています。

    史料に基づく
  • 由緒

    将軍が褒めた名

    秀忠は1614年に参詣し、福徳という社名はまことにめでたいと述べました。

    史料に基づく

このページの金運は、当サイトでいちばん根拠のはっきりしたものです。しかもめずらしいことに、証拠が両方向から出てきます。社が歴史上何をしたかと、今何を行っているかです。

まず歴史のほうです。社は度重なる火災で焼け、幕府は1822年から1858年までのあいだに六度、勧進による再建資金の調達を許しました。少なくとも文政・天保年間のそれは、当時御免富と呼ばれた公認の富くじの形をとっています。私的な富くじは1692年から禁じられており、禁令が繰り返し出されたこと自体が、それがどれだけ守られていなかったかを示しています。享保期以降、幕府は取り締まる代わりに公認する道をとりましたが、認められたのは由緒の確かな社寺だけでした。福徳神社はその一つです。

社はなぜ自分がうまくいったのかについても率直です。福徳という名の社で行う富くじは、それ自体が縁起のよい話でした。加えて、二代将軍が江戸城内から遷した弁財天が福徳の神として注目を集めた、と書いています。江戸後期に市中の富くじをまとめた番付では、この社の一等は三百両で、当時の最高額にあたり、山王、根津、京都の二社と同格です。そこに挙げられた富くじ場のうち、芝神明と根津には当サイトにもページがあります。

この信仰を過去のものでなく現在のものにしているのは、ご祈願の一覧です。筆頭に置かれているのが宝くじ当選祈願で、二番目に抽選券当選祈願があります。その下には商売繁盛、家内安全、厄除、安産といったふつうの願意が並びますが、自分の一覧の先頭に宝くじ当選を置く社は、人が何を求めて来るかを自ら述べていることになります。

ご祭神は、この歴史の記録として読むとよくわかります。主祭神は五穀を司る稲荷の神、倉稲魂命です。長い年月のあいだに大己貴命と少彦名命、俗にいう大黒と恵比寿が合祀され、さらに太田道灌、江戸城内から遷された弁財天、徳川家康が加わっています。

記述ごとの根拠 7
  • The shrine states that its founding date is not clear but that by old tradition it already stood here in the Jōgan era, between 859 and 877, when the area was Fukutoku village in Toshima district of Musashi province. 言い伝え
  • The shrine was formerly called Fukutoku Inari after the village; a stone milestone at the edge of its grove collapsed in the earthquake of 1657 and survives only as a copied inscription. 史料に基づく
  • Tokugawa Ieyasu first visited the shrine in the eighth month of 1590 and returned several times; Honda Tadakatsu dedicated a paper-holder given him by Ieyasu for his service at Sekigahara and ordered it enshrined as the spirit of Tōshōgū. 史料に基づく
  • The second shogun, Tokugawa Hidetada, visited in the first month of 1614 and praised Fukutoku as a most auspicious name for a shrine. 史料に基づく
  • The shogunate permitted the shrine to raise rebuilding funds by public subscription six times between 1822 and 1858; in the Bunsei and Tenpo years this took the form of the licensed lottery known as gomen-tomi. 史料に基づく
  • A late-Edo compendium of the city's lotteries records the top prize of this shrine's draw at three hundred ryo, the highest level of the day, matching Sanno, Nezu and two Kyoto shrines. 史料に基づく
  • Among the rites the shrine performs, the first listed is a prayer for winning the lottery, alongside one for winning tickets in a ballot. 史料に基づく

参拝のポイント

作法は一般のとおりです。福徳神社ならではの点を挙げます。

ご祈願は電話予約制で、11時から15時まで、30分刻みです。

昇殿するときは靴を脱ぐことになり、素足では上がれないと社ははっきり書いています。靴下をお持ちください。

境内は非常に狭く、現代の商業施設の中にあって、隣に庭があります。参拝にかかるのは午後いっぱいではなく数分だと、社自身が書いています。

授与品や絵馬には数量限定のものがあり、頒布を止めていることもあります。目当てがある場合は、出かける前に公式サイトで確かめてください。

関連ガイド

  • 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
  • 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
  • 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
  • お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。

出典

  1. Deities and history (御由緒) — Fukutoku Shrine (閲覧日 2026-08-02)
  2. Fukutoku Shrine and the lottery (福徳神社と富くじ) — Fukutoku Shrine (閲覧日 2026-08-02)
  3. Prayers (御祈願) — Fukutoku Shrine (閲覧日 2026-08-02)
  4. Access (交通案内) — Fukutoku Shrine (閲覧日 2026-08-02)

最終更新:

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