増上寺

寺院 · 東京

Zojo-ji · Zōjō-ji · 三縁山増上寺

AIの支援を受けて調査・翻訳しています。記述には出典を付けていますが、誤りが残ることがあります。参拝時間・料金・閉鎖の有無は公式サイトでご確認ください。このサイトについて

ひとことで言うと

1393年創建の芝の浄土宗の寺で、徳川家の菩提寺に選ばれました。秘仏のご本尊は勝運の黒本尊と呼ばれています。

The main hall of Zojo-ji, a large tiled temple building, seen across its forecourt
Photo: Reggaeman, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

基本情報

住所
東京都港区芝公園4-7-35
アクセス
都営三田線の御成門と芝公園はどちらも徒歩3分、都営浅草線・大江戸線の大門は5分です。大江戸線の赤羽橋は7分、JR各線と東京モノレールの浜松町、東京メトロ日比谷線の神谷町はいずれも10分かかります。
参拝時間
寺は境内や大殿の開閉時刻を公表していません。公表されているのは寺務所の電話受付が9時から17時までということだけですので、ほかは非公式とお考えください。
おすすめの時間帯・時期
早朝か夕方。大殿と三解脱門、東京タワーが人混みなしに一直線に並びます。2月の節分と、寺が徳川将軍家のために営む忌日の法要が、もっとも特徴的な日です。
ご祭神・ご本尊
阿弥陀如来
公式サイト
www.zojoji.or.jp

この場所について

増上寺は芝公園の東京タワーの足元に建っていて、大殿と塔が一枚に収まる眺めは都内でもよく撮られる景色の一つです。寺は創建を1393年とし、1590年に徳川家の菩提寺となりました。十五代のうち六人の将軍が境内に葬られています。目に入る建物はほとんどが戦後のものですが、正面の大きな門だけは違います。

由緒と歴史

寺の創建は1393年、浄土宗第八祖の酉誉聖聰によります。ご本尊は阿弥陀如来で、寺は恵心僧都の作と伝えています。

1590年、徳川家康が関東に入ると、徳川家は増上寺を菩提寺に定めます。寺はその理由をはっきり書いています。家康が当時の住職・源誉存応に深く帰依していたからです。江戸時代を通じて寺は国内有数の大寺院となり、学僧三千人、寺領一万石余、境内地およそ二十五万坪を数えました。のちに六人の将軍がここに葬られています。

明治に入ってからは苦しい時期が続き、1875年に浄土宗の大本山と定められました。伽藍は1945年の戦災で焼け、現在の大殿は1971年の落成です。入口の三解脱門は焼け残り、そのため境内でいちばん古い建物になっています。

ご利益とされてきたこと

  • 信仰・ご利益仕事運

    勝運の黒本尊

    寺は秘仏のご本尊を勝運黒本尊と呼び、徳川家康ゆかりの像として説明しています。掲げる願意も、勝運祈願と必勝祈願が筆頭に置かれています。

    史料に基づく
  • 由緒

    1590年からの徳川家の菩提寺

    家康が関東に入ったときに定められました。寺によれば、当時の住職への深い帰依が理由です。十五代のうち六人の将軍が境内に葬られています。

    史料に基づく
  • 由緒

    焼け残った門

    入口の三解脱門は、ほかがすべて失われた1945年の空襲をくぐり抜けました。その奥に建つ現在の大殿は1971年のものです。

    史料に基づく

増上寺が何を願う場所なのかは、ご本尊から始まります。しかも寺の書き方がめずらしくはっきりしています。ご本尊は秘仏で、その名を勝運黒本尊といいます。寺が掲げる願意の筆頭も勝運祈願と必勝祈願で、このページで仕事のご利益を挙げているのはそこに拠っています。ただし中身は正確に押さえておきたいところです。肩書きや昇進の話ではありません。競う相手のいる場面で勝つ、という意味で、神田明神が勝守を授けているのと同じ筋です。

ほかのご利益も同じ一覧から来ています。商売繁盛と社業繁栄、家内安全、厄除。いずれも寺が自ら挙げている願意です。寺が受け付ける願意はもっと幅広く、受験合格も安産祈願も病気平癒も並んでいますが、それは大きな寺なら普通に備えている広さで、増上寺に固有のものではありません。ここで挙げていないのはそのためです。

もう一つ、祈願とは関係なく人が訪れる理由があります。徳川将軍家墓所です。十五代のうち六人がここに眠っていて、それ自体が目的地になっています。眺めもそうです。大殿の真後ろに東京タワーが立ち上がる構図は東京を代表する景色の一つですが、これは1393年創建の寺の隣に1958年に塔が建った、というだけの偶然です。

記述ごとの根拠 6
  • The temple was founded in 1393 by Yūyo Shōsō, the eighth patriarch of the Jōdo school of Pure Land Buddhism. 史料に基づく
  • In 1590, after Tokugawa Ieyasu took control of the Kantō region, the Tokugawa family chose Zojo-ji as their family temple; the temple attributes the choice to Ieyasu's faith in its abbot of the time, Genyo Zon'ō. 史料に基づく
  • At its Edo-period height the temple held more than ten thousand koku, grounds of some 250,000 tsubo, and three thousand resident monks; six of the fifteen Tokugawa shoguns are buried there. 史料に基づく
  • The temple calls its hidden principal image the Katsuun Kuro-honzon, the Black Honzon of victory fortune, and associates it with Tokugawa Ieyasu. 史料に基づく
  • The temple lists prayers for victory, for prevailing in a contest, for prosperity in trade, for the flourishing of a company, for household safety and for warding off misfortune among the intentions it performs. 史料に基づく
  • The buildings were destroyed in the air raids of 1945 and the present main hall was completed in 1971; the Sangedatsumon gate at the entrance survived. 史料に基づく

参拝のポイント

作法は寺院一般のとおりです。増上寺ならではの点を挙げます。

ご本尊は秘仏で、お姿は公開されていません。堂内で向かうのは黒本尊そのものではなく、寺もそのようには案内していません。

徳川将軍家墓所はお墓です。参拝はできますし、境内での撮影も普通に行われていますが、お堂とお墓が同じ敷地にあることは頭の隅に置いておきたいところです。

実際的なことを一つ。境内も大殿も、開閉時間はどこにも公表されていません。境内は開いているもの、寺務所は日中のみ、と考えておくのが無難です。黒本尊の祈願札は5,000円からです。

関連ガイド

  • 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
  • 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
  • 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
  • お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。

出典

  1. History of Zojo-ji (増上寺の歴史) — Zojo-ji (閲覧日 2026-08-02)
  2. Prayers and intentions (ご祈願) — Zojo-ji (閲覧日 2026-08-02)
  3. The grounds (境内のご案内) — Zojo-ji (閲覧日 2026-08-02)
  4. Tokugawa shogun mausoleum (徳川将軍家墓所) — Zojo-ji (閲覧日 2026-08-02)
  5. Access (交通のご案内) — Zojo-ji (閲覧日 2026-08-02)

最終更新:

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