鞍馬寺
鞍馬山
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ひとことで言うと
宝亀元年(770)開創の鞍馬弘教総本山で、本殿金堂前の金剛床は人が尊天と一体化する修行の場とされます。

基本情報
- 住所
- 京都府京都市左京区鞍馬本町1074
- ご祭神・ご本尊
- 観音菩薩
この場所について
鞍馬寺は京都市左京区の鞍馬山にある寺で、鞍馬弘教の総本山です。宝亀元年(770)、鑑真和上の高弟・鑑禎上人が夢告と白馬の導きで鞍馬山に登り、毘沙門天を祀る草庵を建てたのが始まりです。本尊は「尊天」で、寺はこれを「人間を初め、この世に存在するすべてを生み出している宇宙生命・宇宙エネルギー」と説きます。千手観世音菩薩・毘沙門天王・護法魔王尊の三身を一体として尊天と称します。本殿金堂前の金剛床は星曼荼羅を模し、人が尊天と一体化する修行の場とされています。
由緒と歴史
奈良時代末期の宝亀元年(770)、奈良・唐招提寺の鑑真和上の高弟・鑑禎上人は、正月4日寅の夜の夢告と白馬の導きで鞍馬山に登山し、毘沙門天を祀る草庵を建立しました。
延暦15年(796)、造東寺長官・藤原伊勢人が観世音を奉安する一宇の建立を念願し、「毘沙門天も観世音も根本は一体のものである」という啓示のもと、伽藍をととのえ、毘沙門天を奉安、後に千手観音を造像して併せ祀りました。
江戸時代には、本尊毘沙門天が武神から福神へと信仰の形を変えました。昭和22年、初代管長・信樂香雲はこのような多様な信仰の歴史を統一して鞍馬弘教と名付け、昭和24年、鞍馬寺は鞍馬弘教の総本山となりました。
ご利益とされてきたこと
金剛床
本殿金堂前の金剛床は、尊天の波動が広がる星曼荼羅を模し、人が尊天と一体化する修行の場となっていると寺は記します。
史料に基づく尊天とは宇宙生命
尊天とは、人間を初め、この世に存在するすべてを生み出している宇宙生命・宇宙エネルギーだと寺は説きます。
史料に基づく夢告と白馬
宝亀元年(770)、鑑禎上人が正月4日寅の夜の夢告と白馬の導きで鞍馬山に登り、毘沙門天を祀る草庵を建てました。
史料に基づく奥の院 魔王殿
魔王殿は太古、護法魔王尊が降臨した磐坐・磐境として崇拝されてきました。
言い伝え
この山で寺が説くのは、何かを願う相手ではなく、何であるかです。本尊の尊天とは、人間を初め、この世に存在するすべてを生み出している宇宙生命・宇宙エネルギーだと寺は述べます。月輪の精霊である愛=千手観世音菩薩、太陽の精霊である光=毘沙門天王、大地の霊王である力=護法魔王尊、この三身を一体として尊天と称します。
それが地面の一点になっているのが金剛床です。本殿金堂前の金剛床は、宇宙のエネルギーである尊天の波動が果てしなく広がる星曼荼羅を模し、内奥に宇宙の力を蔵する人間が宇宙そのものである尊天と一体化する修行の場となっている、と寺は記します。立つ場所そのものが修行の場だと自ら書いている例は、この一覧のなかでほかにありません。
奥の院の魔王殿は、太古、護法魔王尊が降臨した磐坐・磐境として崇拝されてきました。参道の木の根道で根が地表に模様を描くのは、この一帯の砂岩が灼熱のマグマの貫入によって硬化し、根が地下に伸びることができなかったためです。
授かるものの一覧を、この寺は掲げていません。掲げているのは祈りの言葉のほうです。月のように美しく、太陽のように暖かく、大地のように力強く——尊天の心を我が心として生きてゆくことを、寺は尊天信仰と呼んでいます。
記述ごとの根拠 4
- Kurama-dera was founded in 770 by Gantei, a senior disciple of Ganjin, who climbed Mount Kurama guided by a dream oracle and a white horse and enshrined Bishamonten in a hermitage. 史料に基づく
- Its object of worship, Sonten, is explained by the temple as the cosmic life and cosmic energy giving rise to all that exists; the thousand-armed Kannon, Bishamonten and Goho Mao-son are together called Sonten. 史料に基づく
- The Kongosho before the main hall is modelled on a star mandala and is described by the temple as a place of practice where a person unites with Sonten. 史料に基づく
- The Mao-den at the inner sanctuary has been venerated since ancient times as the rock seat and rock precinct where Goho Mao-son descended. 言い伝え
関連ガイド
- 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
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出典
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