銀閣寺
慈照寺 · 東山慈照寺
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ひとことで言うと
足利義政の山荘・東山殿を起原とする寺で、義政は銀閣の完成を見ないまま世を去りました。

基本情報
- 住所
- 京都府京都市左京区銀閣寺町2
- ご祭神・ご本尊
- 観音菩薩
この場所について
銀閣寺は京都市左京区にある寺で、正式には慈照寺といいます。室町幕府八代将軍・足利義政によって造営された山荘東山殿を起原とし、義政の没後、臨済宗の寺院となって義政の法号・慈照院にちなんで慈照寺と名づけられました。文明18年(1486)には義政自身の持仏堂として東求堂ができています。長享3年(1489)3月には銀閣(正式名称は観音殿)の立柱上棟が行われましたが、その年の10月に義政は病に倒れ、翌年1月7日、銀閣の完成を見ることなくこの世を去りました。
由緒と歴史
銀閣寺は、室町幕府八代将軍・足利義政によって造営された山荘東山殿を起原とします。義政の没後、臨済宗の寺院となり、義政の法号・慈照院にちなんで慈照寺と名づけられました。
文明17年(1485)に禅室として西指庵が完成すると、義政は落髪して喜山道慶と称し出家しました。翌文明18年(1486)には、自身の持仏堂として東求堂ができています。
長享3年(1489)3月には銀閣(正式名称は観音殿)の立柱上棟が行われました。しかしその年の10月に義政は病に倒れ、翌年1月7日、銀閣の完成を見ることなくこの世を去りました。
ご利益とされてきたこと
完成を見ることなく
1489年3月に銀閣の立柱上棟が行われましたが、義政はその年10月に病に倒れ、翌年1月7日に亡くなりました。
史料に基づく山荘から寺へ
義政の没後に臨済宗の寺院となり、義政の法号・慈照院にちなんで慈照寺と名づけられました。
史料に基づく東求堂
文明18年(1486)、義政自身の持仏堂として東求堂ができています。
史料に基づく
この寺で最も静かな事実は、日付の並びのなかにあります。1489年3月に銀閣の立柱上棟が行われ、同じ年の10月に義政は病に倒れ、翌年1月7日に亡くなりました。銀閣の完成を見ることはありませんでした。
義政はそれ以前、1485年に禅室が完成すると落髪して出家し、翌年には自分の持仏堂として東求堂を建てています。山荘は少しずつ、住まいから信仰の場へ移っていきました。
寺になったのは義政の死後です。名は義政の法号・慈照院にちなみます。金閣と同じで、建てた人の戒名が寺の名になりました。
記述ごとの根拠 3
- Ginkaku-ji began as Higashiyama-dono, the mountain villa of Ashikaga Yoshimasa, and became a Rinzai temple named Jisho-ji after his death. 史料に基づく
- Yoshimasa took the tonsure in 1485 and built the Togudo as his own devotional hall in 1486. 史料に基づく
- The frame of the Ginkaku, properly the Kannon Hall, was raised in the third month of 1489; Yoshimasa fell ill that October and died the following January without seeing it completed. 史料に基づく
関連ガイド
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- 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
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出典
- 銀閣寺について — 臨済宗相国寺派 — Shokoku-ji (閲覧日 2026-08-13)
最終更新:
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