醍醐寺

寺院 · 京都

深雪山 醍醐寺

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ひとことで言うと

874年に聖宝が開いた寺で、醍醐天皇は准胝観世音菩薩への祈りによって皇子を得、自らの諡号を「醍醐」としました。

The Nio gate at Daigo-ji, its vermilion frame set among the trees.
Motokoka / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

基本情報

住所
京都府京都市伏見区醍醐東大路町22
ご祭神・ご本尊
観音菩薩

この場所について

醍醐寺は京都市伏見区にある寺で、貞観16年(874)に聖宝理源大師が開創しました。聖宝は准胝・如意輪の両観世音菩薩を自ら刻んで開眼供養し、これを開創の第一歩としました。醍醐天皇は准胝観世音菩薩への祈りにより皇子(のちの朱雀天皇・村上天皇)を得られ、自身の諡号を「醍醐」とされました。寺名の由来となった醍醐水は、今も枯れることなく湧き続けています。

由緒と歴史

醍醐寺によれば、貞観16年(874)に聖宝理源大師がこの寺を開創しました。聖宝は准胝・如意輪の両観世音菩薩を自ら刻んで開眼供養し、これを開創の第一歩としています。

寺名は開山時の伝説に由来します。聖宝が山頂で出会った一人の老人が、湧き出る水を飲んで「甘露。甘露。ああ醍醐味なるかな」と言ったと伝えます。この水は醍醐水と呼ばれ、今も枯れることなく湧き続けています。

醍醐天皇は准胝観世音菩薩への祈りにより皇子を得られ、その皇子はのちの朱雀天皇・村上天皇となりました。天皇は自身の諡号を「醍醐」とされ、皇后の穩子も帰依して寺院の整備が進みました。

ご利益とされてきたこと

  • 信仰・ご利益子宝

    准胝観音に祈って皇子を得る

    醍醐天皇は准胝観世音菩薩への祈りにより皇子(のちの朱雀天皇・村上天皇)を得られたと寺は記します。

    史料に基づく
  • 由緒

    「ああ醍醐味なるかな」

    聖宝が山頂で出会った老人が湧き水を飲んで言ったその一言が、寺の名の由来と伝えます。

    言い伝え
  • 信仰・ご利益

    今も湧く醍醐水

    寺名の由来となった醍醐水は、今も枯れることなく湧き続けています。

    史料に基づく

この寺で祈られたことがはっきり残っているのは、子を授かることです。醍醐天皇は准胝観世音菩薩に祈って皇子を得たと寺は記します。その皇子はのちの朱雀天皇と村上天皇になりました。

応えた側の名がその後を語ります。天皇は自身の諡号を「醍醐」とされました。祈った場所の名を、自分の名にしたわけです。皇后の穩子も帰依し、寺の整備が進みました。

寺の名そのものは味から来ています。醍醐は乳を精製した最上のもので、そこから味わいの極みを指す言葉になりました。山頂で水を飲んだ老人の「ああ醍醐味なるかな」という一言が、この寺の名になっています。

記述ごとの根拠 3
  • Daigo-ji was founded in 874 by Shobo Rigen Daishi, who carved and consecrated images of Juntei and Nyoirin Kannon as the founding act. 史料に基づく
  • The temple records that Emperor Daigo obtained a son through prayer to Juntei Kannon, that the son became Emperor Suzaku, and that the emperor took Daigo as his own posthumous name. 史料に基づく
  • The temple’s name is traced to an old man on the summit who drank from a spring and exclaimed at its taste; the spring, Daigo-sui, still runs. 言い伝え

関連ガイド

  • 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
  • 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
  • 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
  • お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。

出典

  1. 醍醐寺の歴史 — 醍醐寺 — Daigo-ji (閲覧日 2026-08-13)

最終更新:

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