三十三間堂
蓮華王院
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ひとことで言うと
後白河上皇の離宮内に創建された御堂で、堂内には1001躯の観音像が並びます。

基本情報
- 住所
- 京都府京都市東山区三十三間堂廻町657
- ご祭神・ご本尊
- 観音菩薩
この場所について
三十三間堂は京都市東山区にある御堂で、正式には蓮華王院といいます。後白河上皇の離宮内に創建されました。堂内には1001躯の観音像が並んでいます。
由緒と歴史
三十三間堂は、後白河上皇の離宮内に創建された御堂です。
堂内には1001躯の観音像が並んでいます。
ご利益とされてきたこと
この御堂について確かに言えることは多くありません。後白河上皇の離宮のなかに建てられたこと。そして堂内に1001躯の観音像が並んでいること。寺が伝えているのはその二つです。
しかし一つ目より二つ目のほうが、実際に立ったときの体験を決めます。千と一。数が体験そのものになっている場所は、この一覧のなかでもここだけです。一体ずつ見ることも、全体を見ることもできず、その間を行き来することになります。
創建の年や、その後の火災と再建については、寺の記録が語る範囲を超えるため、このページには書いていません。何を願う御堂かという分類も付けていません。
関連ガイド
- 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
- 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
- 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
- お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。
出典
- 三十三間堂について — 蓮華王院 三十三間堂 — Sanjusangendo (閲覧日 2026-08-13)
最終更新:
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