今戸神社

神社 · 東京

Imado Shrine · Imado Jinja · 今戸八幡

AIの支援を受けて調査・翻訳しています。記述には出典を付けていますが、誤りが残ることがあります。参拝時間・料金・閉鎖の有無は公式サイトでご確認ください。このサイトについて

ひとことで言うと

1063年創建の浅草の社で、自ら縁結びの神社と名のり、2008年から社独自の縁結び会を続けています。

The hall of Imado Shrine seen across its grounds in Asakusa
Photo: Rickard Törnblad, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

基本情報

住所
東京都台東区今戸1-5-22
アクセス
浅草駅から川沿いに北へ徒歩15分ほどです。都営バスの浅草七丁目からは徒歩5分、都営バスと台東区のバス北めぐりんが停まるリバーサイドスポーツセンター前からは1分です。
参拝時間
社務所は年中無休で9時から16時までです。駐車場とお手洗いはありません。
おすすめの時間帯・時期
例大祭は6月の第1土曜・日曜です。1月の第1週は浅草名所七福神と下町八社の巡拝が歩かれる時期で、この社はそのどちらにも入っています。
ご祭神・ご本尊
福禄寿 · 八幡神 · 伊邪那岐命 · 伊邪那美命

この場所について

今戸神社は浅草寺のにぎわいから少し離れた浅草の北にあり、自らを縁結びの神社とはっきり書いています。応神天皇とともに、国を生んだ伊弉諾尊・伊弉冉尊の二柱を祀り、この社が何で知られているかの理由もその二柱に置いています。2008年からは社独自の縁結び会も行っています。社によれば、この取り組みは当社が始まりです。

由緒と歴史

社伝では創建は1063年です。源頼義・義家父子が勅命を受けて奥州の安倍貞任・宗任の討伐に向かう際、この地で祈願し、京の石清水八幡を鎌倉の鶴岡と浅草の今之津の二か所に勧請しました。その後者がこの社で、当時は今戸八幡と称しました。

1081年、義家は清原武衡・家衡に向かう途中で再びこの地を通り、戦勝を祈願します。勝利ののち、その礼として社殿を修復しました。

その後の戦乱のなかで焼失と再建を繰り返しました。三代将軍徳川家光が再建の際に官材を賜り、1636年に竣工しています。1923年の関東大震災で再び灰となり、建て直したものの、1945年3月の東京大空襲でまた失われました。現在の社殿は1971年11月、氏子の奉賛によるものです。

1937年7月、隣接する白山神社を合祀し、今の社名になりました。

ご利益とされてきたこと

  • 信仰・ご利益恋愛縁結び

    縁結びの社である理由

    伊弉諾尊と伊弉冉尊は国を生み、神々を生んだ二柱です。社の説明では、この二柱は古くからむすびの神であり、縁を結び生成の基を固める神として崇敬を集めてきました。

    史料に基づく
  • ここでできること縁結び

    2008年からの縁結び会

    社が自ら催しており、良縁祈願から始まります。第一回は2008年10月26日。社によれば、この取り組みは当社が始まりです。

    史料に基づく
  • 由緒

    奥州へ向かう道すがら、1063年

    源頼義・義家が安倍氏の討伐に向かう途中、石清水八幡をこの地と鎌倉の鶴岡に勧請しました。

    史料に基づく

この社は自分が何であるかを自らの言葉で二度述べています。縁結びの神社であること、そして下町八社のうちの縁結びの神であることです。めずらしいのは、その理由まで書いてあることで、理由は応神天皇とともに祀られている二柱にあります。伊弉諾尊と伊弉冉尊は天つ神の命を受けて日本の国土を生み、神々を生み、山も海も草木も生み出しました。社の説明では、この二柱は古くからむすびの神とされ、縁を結び生成の基を固める神として崇敬を集めてきました。評判ではなく理屈が示されているわけで、このページが恋愛と縁結びを挙げているのはそこに拠っています。

社は縁結び会も自ら催していて、これは社としてはあまり例のないことです。第一回を2008年10月26日と記録しています。この取り組みは当社が始まりだというのが社の説明です。参加者はまず良縁祈願を受け、そのうえで会が始まります。社はこれを紹介業ではなく信仰の活動として位置づけることに気を配っていて、提供するのは出会いの場のみでそれ以外の責任は負わないこと、結婚相談所ではないこと、登録に際して離婚歴や子の有無を尋ねないことを、はっきり書いています。

応神天皇について、社が述べていることも書き添えておきます。八幡信仰は一般に武運長久のものとされますが、その根にある誓いは別のところにある、というのが社の説明です。子を抱き育てる母の大いなる愛です。応神天皇と母である神功皇后が大陸の文化を招き入れたことにふれ、この母子の姿は、古代の日本にすでに母と子の絆への信仰があったことを示すものだと読んでいます。

四柱目が福禄寿で、この社は浅草名所七福神の一つです。浅草の巡拝が七ではなく九の社寺からなる理由を、社は九を数の極みとする古い考え方に求めています。

このページが書いていないことが一つあります。今戸は招き猫の発祥の地としてよく名前が挙がり、境内の猫の像の写真も広く出回っています。ですが社の公式サイトに招き猫の記述はどこにもありません。由緒にも、ご祭神にも、御祈祷の一覧にもです。この由来は世田谷の豪徳寺との間で説が分かれてもいます。どちらの寺社もこちらに向けて述べていない以上、当サイトでも断定しません。

記述ごとの根拠 7
  • The shrine dates its founding to 1063, when Minamoto no Yoriyoshi and Yoshiie, sent against Abe no Sadatō and Muneto in the north, enshrined the Iwashimizu Hachiman of Kyoto both at Tsurugaoka in Kamakura and at Imanotsu in Asakusa, the latter becoming Imado Hachiman. 史料に基づく
  • Minamoto no Yoshiie prayed for victory here in 1081 on his way against Kiyohara Takehira and Iehira, and repaired the hall after winning. 史料に基づく
  • Tokugawa Iemitsu granted official timber for the shrine's reconstruction, completed in 1636; the buildings were destroyed in the Great Kanto Earthquake of 1923 and again in the Tokyo air raid of March 1945, and the present hall was built by the parish in November 1971. 史料に基づく
  • The shrine merged with the neighbouring Hakusan Shrine in July 1937 and took the name Imado Shrine. 史料に基づく
  • The shrine enshrines Emperor Ōjin, Izanagi, Izanami and Fukurokuju, and describes Izanagi and Izanami as long revered as deities of musubi, worshipped as those who tie bonds and firm the foundation of production. 史料に基づく
  • The shrine states that Hachiman devotion is generally taken to concern fortune in war, but that its underlying vow is the great love of a mother holding and raising her child. 史料に基づく
  • The shrine has held its own matchmaking gatherings since the first on 26 October 2008, describes itself as the shrine where the practice began, and begins each gathering with a prayer for a good match; it states that it provides only the occasion, is not a marriage bureau, and takes no further responsibility. 史料に基づく

参拝のポイント

作法は神社一般のとおりです。今戸神社ならではの点を挙げます。

御祈祷は予約制で、あらかじめ社頭か電話で申し込みます。当日訪ねてその場でお願いする形ではありません。

縁結び会は参拝者がその日に加われるものではなく、条件もかなり厳しいので、予定を組む前に知っておいたほうがよいでしょう。登録は写真付きの身分証を持参して直接行い、対象は当社の崇敬者に限られます。申し込みは返信用はがきのみで受け付け、参加は抽選、初参加の方が優先されます。年齢は25歳から59歳までです。

境内に駐車場はなく、お手洗いもありません。社務所は年中無休、9時から16時までです。

関連ガイド

  • 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
  • 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
  • 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
  • お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。

出典

  1. Deities, history and prayers (御祭神・御由緒・ご祈祷) — Imado Shrine (閲覧日 2026-08-02)
  2. The matchmaking gathering (縁結び会) — Imado Shrine (閲覧日 2026-08-02)
  3. Imado Shrine (Q11376985) coordinate location — Wikidata (閲覧日 2026-08-02)

最終更新:

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