風浪宮
おふろうさん
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ひとことで言うと
神功皇后の御船のあたりに現れた白鷺が降り立った地を神地として営まれた社で、勝運の神、海上守護の神とされます。

基本情報
- 住所
- 福岡県大川市酒見726-1
- ご祭神・ご本尊
- 神功皇后
この場所について
風浪宮は福岡県大川市にある神社で、地元では「おふろうさん」と呼ばれます。神功皇后が新羅御新征よりの帰途(西暦一九二年)、軍船を筑後葦原の津に寄せ給うた時、皇后の御船のあたりに白鷺が忽然として現われました。皇后はその白鷺こそ我が勝運の道を開き給うた少童命の御化身なりとし、武内大臣に命じて仮宮を営ませ、時の海上指令であった阿曇連磯良丸を斉主として少童命を祀りました。勝運の神、海上守護の神とされます。
由緒と歴史
神功皇后が新羅御新征よりの帰途(西暦一九二年)、軍船を筑後葦原の津に寄せ給うた時、皇后の御船のあたりに白鷺が忽然として現われました。
皇后はその白鷺こそ我が勝運の道を開き給うた少童命の御化身なりとし、武内大臣に命じて仮宮を営ませ、時の海上指令であった阿曇連磯良丸を斉主として少童命を祀りました。
勝運の神、海上守護の神とされます。
ご利益とされてきたこと
白鷺が降りた場所
皇后の御船のあたりに白鷺が忽然として現われ、少童命の御化身とされて、その降り立った先が神地となりました。
言い伝え海の指揮官が最初の斉主
武内大臣に命じて仮宮を営ませ、時の海上指令であった阿曇連磯良丸を斉主として少童命を祀りました。
言い伝え勝運と海上守護
勝運の神、海上守護の神とされ、地元では「おふろうさん」と呼ばれます。
史料に基づく
この社の場所を決めたのは鳥です。皇后の御船のあたりに白鷺が忽然として現われ、その白鷺こそ勝運の道を開き給うた少童命の御化身なりとされて、飛んでいった先が神地になりました。この一覧では、太宰府天満宮の墓所を牛が決め、春日大社の神が白鹿に乗って来られ、鞍馬寺の開山が白馬に導かれています。動物が場所や道筋を決める話は、福岡だけで二つあることになります。
最初の斉主は、海の指揮官でした。時の海上指令であった阿曇連磯良丸を斉主として少童命を祀った、と社は記します。この阿曇の一族は、同じ福岡の宮地嶽神社にも出てきます。あちらでは神功皇后に随従した阿曇族の長が併せて祀られており、一つの海の氏族が二つの社をつないでいることになります。
社が名乗るのは勝運の神、海上守護の神です。地元では「おふろうさん」と呼ばれています。
なお、この社の御祭神は頁に画像で掲げられており、文字としては少童命の名だけが読めます。ですからこのページも、それ以上の神名は書いていません。
関連ガイド
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出典
- 風浪宮とは — Furougu (閲覧日 2026-08-15)
最終更新:
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