信濃神社
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ひとことで言うと
明治14年に長野県上諏訪から河西由造が30戸の入植者とともに入り、翌年に諏訪大社から御分霊を奉戴して心の拠所とした社です。

基本情報
- 住所
- 北海道札幌市厚別区厚別中央4条3丁目3-3
この場所について
信濃神社は札幌市厚別区にある神社です。御祭神は建御名方富命、八坂刀売命、上毛野君田道命です。明治14年、長野県上諏訪より河西由造が30戸の入植者と共に厚別中央、西部、川下で開墾に励みました。明治15年、諏訪大社より御分霊を奉戴し、心の拠所として、初めは小さな祠を建てて祀っていましたが、明治30年、河西および世話人達によって堂々たる御社が創建されました。昭和19年に旭町神社の御祭神が合祀され、昭和53年に現御社殿が竣工しています。昭和63年5月には八坂刀売命の御分霊を奉戴しました。例祭は9月15日、宵宮祭は9月14日です。御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
明治14年、長野県上諏訪より河西由造が30戸の入植者と共に厚別中央、西部、川下で開墾に励みました。
明治15年、諏訪大社より御分霊を奉戴し、心の拠所として、初めは小さな祠を建てて祀っていましたが、明治30年、河西および世話人達によって堂々たる御社が創建されました。
昭和19年に旭町神社の御祭神が合祀され、昭和53年に現御社殿が竣工しています。昭和63年5月には八坂刀売命の御分霊を奉戴しました。
ご利益とされてきたこと
上諏訪から三十戸
明治14年、長野県上諏訪より河西由造が30戸の入植者と共に厚別中央、西部、川下で開墾に励みました。
史料に基づく諏訪大社からの御分霊
明治15年、諏訪大社より御分霊を奉戴し、心の拠所として初めは小さな祠を建てて祀りました。
史料に基づく祠から御社へ
明治30年、河西および世話人達によって堂々たる御社が創建され、昭和53年に現御社殿が竣工しました。
史料に基づく
札幌には、信濃から来た人々の社が二つあります。こちらは明治14年、長野県上諏訪から河西由造が30戸の入植者と共に入り、翌明治15年に諏訪大社より御分霊を奉戴しました。もう一方の札幌諏訪神社は明治11年に上島正ほか30余名が移住し、こちらも明治15年に信濃国一の宮から御分霊を勧請しています。到着した年は三年違いですが、神を迎えた年は同じです。二つの頁は互いに触れていません。
建てた理由の書き方も似ています。ここは心の拠所として、星置神社は苦楽を分かち合う心の拠り所として。出身の違う土地で、社が何のために必要だったかを同じ言い方で書いている社が並んでいることになります。
祀られる三柱のうち、上毛野君田道命は同じ札幌の豊平神社にも現れます。あちらでは東北地方の守護神とされ、本社は青森県南津軽郡猿賀山の猿賀神社と記されています。この神は昭和19年の旭町神社合祀とともにここへ入りました。青森から札幌へ運ばれた神が、市内の二つの社に分かれていることになります。
社殿は段階を踏んでいます。明治15年の小さな祠、明治30年の堂々たる御社、そして昭和53年の現御社殿。祠から数えて九十六年です。
関連ガイド
- 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
- 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
- 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
- お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。
出典
- 信濃神社 — 北海道神社庁札幌支部 (閲覧日 2026-08-16)
最終更新:
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