鼎足山 伝灯寺

寺院 · 仁川

真宗寺

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ひとことで言うと

王妃が施した玉の灯ひとつのために名が変わった寺です。

The precinct of Jeondeungsa on Jeongjoksan, Ganghwa.
Mobius6 / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

基本情報

住所
仁川広域市江華郡吉祥面伝灯寺路37-41

この場所について

鼎足山伝灯寺は仁川広域市江華郡吉祥面にある寺で、381年に阿道和尚が創建して真宗寺といったと伝えられます。1282年に貞和宮主が宋の大蔵経を刊行して保管させ、また玉の灯を施したので、寺の名を伝灯寺に改めたといいます。伝灯寺の大雄殿の四隅の柱の上部には、手のひらと頭で屋根を支える裸婦像が彫られています。焼けた建物を新たに建てるための大がかりな重創仏事が進んでいた当時、大雄殿の建築工事を担った棟梁が寺の下の村の居酒屋の女主人と情を通じ、工事が終われば一緒に暮らそうと約束して金が入るたびに渡していたという話が伝わります。寺のある鼎足山城の中には鼎足山史庫があります。摩尼山史庫が1653年に実録閣の失火事件で多くの史籍を焼いてしまったため、新たに鼎足山城の中に史庫の建物を建て、1660年12月に残った歴代の実録と書冊を移して保管するようになって設置されたものです。大雄殿と薬師殿は宝物に指定されています。

由緒と歴史

伝灯寺は381年に阿道和尚が創建して真宗寺といったと伝えられます。

1282年に貞和宮主が宋の大蔵経を刊行して保管させ、また玉の灯を施したので、寺の名を伝灯寺に改めたといいます。

大雄殿の四隅の柱の上部には、手のひらと頭で屋根を支える裸婦像が彫られています。焼けた建物を新たに建てるための大がかりな重創仏事が進んでいた当時、大雄殿の建築工事を担った棟梁が寺の下の村の居酒屋の女主人と情を通じ、工事が終われば一緒に暮らそうと約束して金が入るたびに渡していたという話が伝わります。

寺のある鼎足山城の中には鼎足山史庫があります。摩尼山史庫が1653年に実録閣の失火事件で多くの史籍を焼いてしまったため、新たに鼎足山城の中に史庫の建物を建て、1660年12月に残った歴代の実録と書冊を移して保管するようになって設置されました。

ご利益とされてきたこと

  • 由緒

    玉の灯を施して変えた名

    1282年に貞和宮主が大蔵経を刊行して保管させ、玉の灯を施したので、寺の名を伝灯寺に改めたといいます。

    史料に基づく
  • 由緒

    火事のあとに移ってきた史庫

    1653年の摩尼山史庫の火災で多くの史籍を失ったのち、鼎足山城の中に史庫を新築し、1660年12月に残った実録と書冊を移して保管しました。

    史料に基づく
  • ここでできること

    大雄殿四隅の裸婦像

    大雄殿の四隅の柱の上部には、手のひらと頭で屋根を支える裸婦像が彫られています。

    言い伝え

この寺の名は物ひとつから出ました。1282年に貞和宮主が玉の灯を施したことで、真宗寺が伝灯寺になりました。灯を伝えるという意味の名が、実際に灯がひとつ入ってきた出来事から付いたことになります。

江華の寺はたいていこういうふうに名を得ています。同じ江華の浄水寺は建物の西側から澄んだ水が湧くのを見て浄水寺になり、白蓮寺は白い蓮が落ちた場所だから白蓮寺になりました。物が名を決めた土地です。

寺の中には本を守っていた場所もあります。鼎足山史庫は1653年に摩尼山史庫が焼けて多くの史籍を失ったのち、鼎足山城の中に新しく建てて1660年12月に残った実録と書冊を移して保管したことで生まれました。安全のために移した記録はこのサイトにいくつもあり、大邱の符仁寺は移しても失い、達城の龍淵寺は移して生き延びました。ここは火事のあとに移した場合です。

大雄殿の軒下には四隅に裸婦像があります。棟梁と女主人の話がその彫刻に付いて伝わります。

記述ごとの根拠 2
  • The temple was renamed Jeondeungsa in 1282 after Queen Consort Jeonghwa gave a jade lamp and had a Tripitaka kept here. 史料に基づく
  • The Jeongjoksan archive was established inside the fortress after the Manisan archive fire of 1653, with books moved there in the twelfth month of 1660. 史料に基づく

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出典

  1. 정족산 전등사(鼎足山 傳燈寺) — 한국민족문화대백과사전 (閲覧日 2026-08-16)
  2. 정족산사고(鼎足山史庫) — 한국민족문화대백과사전 (閲覧日 2026-08-16)

最終更新:

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