頭輪山 大興寺

寺院 · 全羅道

大芚寺

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ひとことで言うと

西山大師の衣鉢が伝えられ、国の祭享を受けるようになった寺です。

A hall of Daeheungsa on Duryunsan in Haenam.
Steve46814 / Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)

基本情報

住所
全羅南道海南郡三山面大興寺ギル400

この場所について

頭輪山大興寺は全羅南道海南郡三山面の頭輪山にある寺で、大韓仏教曹渓宗第二十二教区の本寺です。1655年に虚白明照が西山大師の玉鉢盂を妙香山から迎えてきて、この寺に伝えました。1788年に「表忠」の賜額を下してほしいと訴え、これに対して正祖が「表忠祠」の賜額を下し、その翌年である1789年4月には礼官を送って祭享させました。『大芚寺志』の編纂は、流配生活をしていた茶山丁若鏞の学問的影響を受けた玩虎倫佑・兒庵恵蔵・草衣意恂らによって四巻二冊で1818年頃に編纂されました。山内の庵としては北弥勒庵・南弥勒庵・一枝庵などがあります。

由緒と歴史

1655年に虚白明照が西山大師の玉鉢盂を妙香山から迎えてきて、この寺に伝えました。

1788年に「表忠」の賜額を下してほしいと訴えました。これに対して正祖が「表忠祠」の賜額を下し、その翌年である1789年4月には礼官を送って祭享させました。

『大芚寺志』の編纂は、流配生活をしていた茶山丁若鏞の学問的影響を受けた玩虎倫佑・兒庵恵蔵・草衣意恂らによって四巻二冊で1818年頃に編纂されました。

山内の庵としては北弥勒庵・南弥勒庵・一枝庵などがあります。

ご利益とされてきたこと

  • 由緒

    「表忠」の賜額と国家の祭享

    1788年に「表忠」の賜額を請うと、正祖が「表忠祠」の賜額を下し、翌年四月には礼官を送って祭享させました。

    史料に基づく
  • 由緒

    妙香山から来た玉鉢盂

    1655年に虚白明照が西山大師の玉鉢盂を妙香山から迎えてきて、この寺に伝えました。

    史料に基づく
  • ここでできること

    『大芚寺志』の編纂

    流配生活をしていた丁若鏞の学問的影響を受けた玩虎倫佑・兒庵恵蔵・草衣意恂らによって、1818年頃に四巻二冊で編纂されました。

    史料に基づく

この寺が国の祭享を受けるようになったのは、一人の名のためです。1788年に「表忠」の賜額を請い、正祖が「表忠祠」の賜額を下し、翌年四月には礼官を送って祭享させました。寺のなかの祠堂が、国家の儀礼を受ける場所になったわけです。

同じ名の祠堂が慶尚にもあります。密陽の表忠寺は、四溟大師を祭享する祠堂の名を寺がそのまま引き受けた場所です。ここで奉じられる西山大師は四溟大師の師ですから、師と弟子がそれぞれ「表忠」という同じ名を受けたことになります。

品物が一つ、遠くから来ました。1655年に虚白明照が西山大師の玉鉢盂を妙香山から迎えてきて、この寺に伝えました。

この寺に属する寺の一つが康津の無為寺です。そこの極楽宝殿の阿弥陀如来三尊壁画は、左右下段に書かれた記録によって1476年に描かれたものと推定されます。

茶と書物に関わる来歴もあります。『大芚寺志』は、流配中の丁若鏞の学問的影響を受けた玩虎倫佑・兒庵恵蔵・草衣意恂らが1818年頃に四巻二冊としてまとめたものです。丁若鏞と草衣は、京畿の南楊州の水鍾寺を訪れた人々としても一緒に記されています。

記述ごとの根拠 2
  • King Jeongjo granted the temple the name Pyochungsa in 1788 and sent a rites officer to make offerings from 1789. 史料に基づく
  • The jade almsbowl of the master Seosan was brought here from Myohyangsan in 1655. 史料に基づく

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出典

  1. 두륜산 대흥사(頭輪山 大興寺) — 한국민족문화대백과사전 (閲覧日 2026-08-16)

最終更新:

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