月出山 無為寺

寺院 · 全羅道

無為岬寺

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ひとことで言うと

壁画が自ら描かれた年を書き留めている寺です。

The Geungnakbojeon of Muwisa in Gangjin.
Wikimedia Commons (Public domain)

基本情報

住所
全羅南道康津郡城田面無為寺路308

この場所について

月出山無為寺は全羅南道康津郡城田面の月出山にある寺で、大韓仏教曹渓宗第二十二教区の本寺である大興寺の末寺です。先覚大師逈微が905年に唐から帰国したのち無為岬寺にとどまりました。朝鮮世宗十二年である1430年に極楽宝殿が建立されました。阿弥陀如来三尊壁画の左右下段の記録によって、これらの壁画は1476年に描かれたものと推定されます。

由緒と歴史

先覚大師逈微が905年に唐から帰国したのち無為岬寺にとどまりました。

朝鮮世宗十二年である1430年に極楽宝殿が建立されました。

阿弥陀如来三尊壁画の左右下段の記録によって、これらの壁画は1476年に描かれたものと推定されます。

この寺は大韓仏教曹渓宗第二十二教区の本寺である大興寺の末寺です。

ご利益とされてきたこと

  • 由緒

    絵に書かれた1476年

    阿弥陀如来三尊壁画の左右下段の記録によって、これらの壁画は1476年に描かれたものと推定されます。

    史料に基づく
  • 信仰・ご利益

    1430年の極楽宝殿

    朝鮮世宗十二年である1430年に極楽宝殿が建立されました。

    史料に基づく
  • ここでできること

    逈微がとどまった無為岬寺

    先覚大師逈微が905年に唐から帰国したのち無為岬寺にとどまりました。

    史料に基づく

この寺で年代を教えてくれるのは絵そのものです。阿弥陀如来三尊壁画の左右下のほうに書かれた記録によって、壁画は1476年に描かれたものと見られます。絵のなかに描かれた年が書き込まれているわけです。

内部に書かれた文で年齢が定まった建物は、このサイトにもう一つあります。安東の鳳停寺極楽殿は、1625年の上梁文に1363年の屋根重修の記録が入っていたことで年代が定まりました。一方は梁の文、一方は壁画の文ですが、どちらも建物や絵が自ら残した文章で時期が決まりました。

建物と絵のあいだには四十六年があります。極楽宝殿は1430年に建立され、壁画は1476年のものと推定されます。

この寺は海南の大興寺の末寺です。大興寺は西山大師の衣鉢が伝えられて「表忠」の賜額を受けた寺であり、このサイトにも載っています。

記述ごとの根拠 2
  • The Amitabha triad wall painting is dated to 1476 by the inscriptions at its lower left and right, and the hall holding it was built in 1430. 史料に基づく
  • The Seon master Hyeongmi stayed at Muwigapsa after returning from Tang China in 905. 史料に基づく

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出典

  1. 월출산 무위사(月出山 無爲寺) — 한국민족문화대백과사전 (閲覧日 2026-08-16)

最終更新:

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