松広寺
ソングァンサ · 曹渓山 松広寺 · 吉祥寺
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ひとことで言うと
高僧が多く出たことから僧宝寺刹と呼ばれる寺で、通度寺・海印寺とともに三宝寺刹をなします。

基本情報
- 住所
- 全羅南道順天市松光面 松広寺アンキル100
この場所について
松広寺は全羅南道順天市松光面の曹渓山にある寺で、知訥の修禅結社で広く知られています。『韓国民族文化大百科事典』は通度寺・海印寺・松広寺をそれぞれ仏・法・僧を象徴する三宝寺刹と記し、高僧が多く輩出されたことから松広寺を僧宝寺刹というと書いています。十六人の国師を出した寺であり、その真影を安置した国師殿があります。
由緒と歴史
『韓国民族文化大百科事典』は松広寺を、全羅南道順天市松光面の曹渓山にある、知訥の修禅結社で広く知られた寺刹と記しています。
はじめは慧璘大師が建てた吉祥寺でした。普照国師・知訥が1200年にこの地へ移って定慧結社を開き直し、1204年に王命によって修禅結社と改め呼ばれました。
この寺からは高麗の国師が十六人出ており、その真影を安置した国師殿があります。
ご利益とされてきたこと
三宝寺刹の僧宝
高僧が多く輩出されたことから僧宝寺刹といいます。通度寺が仏、海印寺が法、松広寺が僧に当たります。
史料に基づく知訥の修禅結社
普照国師・知訥が1200年にこの地へ移って定慧結社を開き直し、1204年に修禅結社と改めました。
史料に基づく十六国師と国師殿
この寺から十六人の国師が出ており、その真影を安置した国師殿があります。
史料に基づく
三宝寺刹は三つで一組です。事典は通度寺が仏、海印寺が法、松広寺が僧に当たると記します。仏の真身舎利を祀ったことから通度寺を仏宝寺刹といい、仏の言葉を記した大蔵経を安置した所であることから海印寺を法宝寺刹といい、高僧が多く輩出されたことから松広寺を僧宝寺刹といいます。
前の二つは物が根拠です。舎利があり、経板があります。僧宝だけは物ではなく人が根拠であり、その人たちはすでに世を去っています。残っているのは、十六人の国師の真影を安置した国師殿です。
人が根拠の寺であるためか、この寺は他の寺の記録にも人を通して現れます。康津の白蓮寺の了世は知訥と深い親交のうちにこの寺にともに留まり、1208年に天台宗の妙義を得て、1211年に白蓮寺を重創したのち結社を結びました。その白蓮社結社が、この寺を中心とした修禅社と双璧をなしたと記されています。分かれ出た場所の記録が、まずここを通り過ぎます。
同じ山にはもう一つ寺があります。順天の仙巌寺がこの曹渓山にともにあり、二つの寺は「曹渓山松広寺仙巌寺一円」という名で一緒に指定されています。
何を願う寺かについては記録が語りません。そのため、このページには願いの分類を付けていません。
記述ごとの根拠 4
- The Encyclopedia of Korean Culture names Tongdosa, Haeinsa and Songgwangsa as the three-jewel temples, standing for Buddha, Dharma and Sangha respectively. 史料に基づく
- Songgwangsa is called the Sangha Jewel temple because many great masters were produced there. 史料に基づく
- It began as Gilsangsa; Jinul moved here in 1200 and reopened his society, which was renamed the Meditation Society by royal decree in 1204. 史料に基づく
- Sixteen national preceptors came from the temple, and their portraits are enshrined in the Hall of National Preceptors. 史料に基づく
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出典
- 조계산 송광사(曹溪山 松廣寺) — 한국민족문화대백과사전 — Academy of Korean Studies (閲覧日 2026-08-12)
- 삼보사찰(三寶寺刹) — 한국민족문화대백과사전 — Academy of Korean Studies (閲覧日 2026-08-12)
最終更新:
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