西大寺

寺院 · 奈良

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ひとことで言うと

奈良時代に称徳天皇の鎮護国家の勅願によって創建された南都七大寺の一つで、平安時代の一時退転の後、鎌倉時代に叡尊上人によって再建された真言律宗の総本山です。

The precinct of Saidai-ji in Nara.
663highland / Wikimedia Commons (CC BY 2.5)

基本情報

住所
奈良県奈良市西大寺芝町1丁目1-5

この場所について

西大寺は奈良市にある寺で、真言律宗の総本山です。奈良時代に称徳天皇の鎮護国家の勅願によって創建され、南都七大寺の寺格を有します。平安時代の一時退転の後、鎌倉時代に叡尊上人の興法利生の思念によって再建されました。寺の案内に本尊や御利益についての記載はありません。

由緒と歴史

西大寺は、奈良時代に称徳天皇の鎮護国家の勅願によって創建され、南都七大寺の寺格を有します。

平安時代の一時退転の後、鎌倉時代に叡尊上人の興法利生の思念によって再建されました。

真言律宗の総本山です。

ご利益とされてきたこと

  • 由緒

    称徳天皇の勅願

    奈良時代に称徳天皇の鎮護国家の勅願によって創建され、南都七大寺の寺格を有します。

    史料に基づく
  • 由緒

    一時退転と再建

    平安時代の一時退転の後、鎌倉時代に叡尊上人の興法利生の思念によって再建されました。

    史料に基づく
  • 信仰・ご利益

    真言律宗の総本山

    寺は真言律宗の総本山です。

    史料に基づく

この寺は、一度途切れています。平安時代に一時退転し、鎌倉時代に叡尊上人の思念によって再建された——寺の案内はそう書きます。奈良の大きな寺が続いてきたように見えて、間に空白があったことを自分で記している例です。

創建を命じたのは称徳天皇でした。同じ奈良の春日大社も、神護景雲2年(768)に称徳天皇の勅命によって創建されたと伝えます。一人の天皇の名が、寺と神社の両方の始まりとして、この一覧に二度出てくることになります。

寺は南都七大寺の寺格を有すると書きます。その七寺のうち、東大寺、興福寺、元興寺、薬師寺、法隆寺、そしてこの西大寺が、この一覧にすでに載っています。ただし、この並びを「七大寺」として書いているのは今のところこの寺だけです。

案内には本尊の名も御利益の記述もありません。ですからこのページも、そのどちらも書いていません。

記述ごとの根拠 2
  • Saidai-ji was founded in the Nara period on Empress Shotoku’s vow for the protection of the state and ranks among the seven great temples of the southern capital. 史料に基づく
  • It lapsed for a time in the Heian period and was rebuilt in the Kamakura period by the priest Eison. 史料に基づく

関連ガイド

  • 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
  • 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
  • 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
  • お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。

出典

  1. 西大寺について — Saidai-ji (閲覧日 2026-08-15)

最終更新:

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