目黒不動尊
瀧泉寺 · Meguro Fudoson · Ryusen-ji · 泰叡山護國院瀧泉寺
AIの支援を受けて調査・翻訳しています。記述には出典を付けていますが、誤りが残ることがあります。参拝時間・料金・閉鎖の有無は公式サイトでご確認ください。このサイトについて
ひとことで言うと
十五歳の僧が剣と索を持つ青黒い姿を夢に見たことに始まる808年創建の関東最古の不動霊場で、江戸を守った五色不動の一つです。

基本情報
- 住所
- 東京都目黒区下目黒3-20-26
- アクセス
- 東急目黒線の不動前駅から徒歩15分ほど、目黒駅からは20分ほどです。五反田駅西口からの東急バスが目黒不動尊境内前に停まります。
- 参拝時間
- 諸堂は9時から16時30分まで開いています。護摩は日曜と毎月8日・18日の15時、28日は5回修されます。本堂右手の受付で、遅くとも30分前までにお申し込みください。駐車場はありません。
- おすすめの時間帯・時期
- 縁日が立つ毎月28日。ご本尊の開帳は12年に一度、酉年です。
- ご祭神・ご本尊
- 不動明王
- 公式サイト
- megurofudo.jp
この場所について
瀧泉寺、誰もが目黒不動尊と呼ぶ寺は、下目黒の斜面にあります。本堂へは長い石段が続き、その下に湧水が流れています。東日本でいちばん古い不動霊場で、目黒という地名の由来でもあります。ご本尊は秘仏で、開帳は十二年に一度です。湧水は涸れたことがありません。
由緒と歴史
寺伝では創建は808年です。のちに天台宗第三代座主となり慈覚大師と呼ばれる円仁は、当時十五歳でした。生国の下野から比叡山の最澄のもとへ、師の広智阿闍梨とともに向かう途中、目黒に立ち寄ります。その夜、枕上に一人の姿が立ちました。顔は青黒く、右手に降魔の剣、左手に縛の索を持ち、見るからに恐ろしいものでした。その姿は、この地に跡を垂れて魔を伏し国を鎮めよう、来て慕う者の願いはことごとく叶えよう、と告げたといいます。目覚めた円仁はその面影を心に留め、自ら像を刻みました。
年を経て長安に渡った円仁は、青龍寺の不動明王を拝して、これがあの夢の姿だと悟ります。帰朝して堂宇を建て、自ら記した棟札の末尾の言葉から瀧泉寺の名がつきました。泰叡山という山号はのちのもので、清和天皇の勅額によります。
堂を建てる場所を定めるとき、円仁は手にしていた法具を投げ、落ちたところから泉が湧きました。その法具の名から独鈷の瀧と呼ばれます。何週間の日照りと炎暑が続いても涸れたことがない、と寺は記しています。
ご利益とされてきたこと
十五歳の枕上に立った姿
顔は青黒く、片手に剣、片手に索を持っていました。目覚めた円仁が見たとおりに刻んだ像が、今もこの寺のご本尊です。
言い伝え涸れたことのない泉
独鈷の瀧は、円仁の投げた法具が落ちたところに湧きました。以来、不動行者がその下に立ち、洗心浄魂の場としてきました。
言い伝え江戸五色不動の一つ
目黒、目白、目赤、目黄、目青。五つは江戸城を守り、五方からの災いを除け、江戸を出る五街道を見張るものとされました。
史料に基づく戻ってきた鷹
家光がこの地の鷹狩で愛鷹を失い、不動明王の前に祈ったところ、鷹は堂前の松にまっすぐ戻ったといいます。家光は伽藍を一新しました。
言い伝え
不動明王は穏やかな仏ではなく、この寺もそこをやわらげません。創建の夢のなかでその姿が語ったのは魔を伏し国を鎮めることで、この場所がその後に用いられてきたことは、すべてそこから出ています。
いちばんはっきりした形が五色不動です。江戸には目の色で呼ばれる不動が五つありました。目黒、目白、そして目赤・目黄・目青です。何のためのものだったかを寺は述べています。江戸城を守り、その五方から来る災いを除け、市中から延びる五街道を見守ることです。このページの厄除けはそこに拠っていて、しかも方角を伴った厄除けです。寺が今も営む厄年の護摩の説明の仕方も、同じ筋にあります。
瀧のほうが、もう一つのご利益であり、行の半分でもあります。円仁の投げた法具が落ちたところに泉が湧き、寺はここを不動行者が洗心浄魂する場としています。冷たい水に打たれることは日本でいちばん古い浄化の形で、そのための水が千二百年のあいだ絶えず流れている場所は、都心にはそう多くありません。
寺が言っていないのは病気平癒で、このページも言いません。ここに挙げている二つは、寺が述べている二つです。
徳川家とのつながりは、鳥の話です。目黒で鷹狩をしていた家光が愛鷹を見失い、みずから不動明王の前に下りて祈ったところ、鷹はすぐに本堂前の松へ戻りました。その松は今も鷹居の松と呼ばれています。家光はこれを感応と受け取り、五十三棟に及ぶ伽藍を寄進します。あまりに壮麗で目黒御殿と呼ばれました。広重が描いています。のちには西郷隆盛や東郷平八郎も訪れました。
小さなことを二つ。1月3日には元三大師の像が開帳されます。十世紀の天台座主で、その降魔の姿の御札は日本中の戸口に貼られてきました。当サイトの深大寺ではご本尊として祀られている僧です。もう一つ、境内の墓は青木昆陽のものです。関東にさつまいもの栽培を広め、おそらく多くの人の命をつないだ学者で、墓碑銘は自筆、寺は10月28日に甘藷まつりを営み、墓は国の史跡です。
記述ごとの根拠 9
- The temple dates its founding to 808, when the fifteen-year-old Ennin, later Jikaku Daishi, stopped at Meguro on his way to Mount Hiei and dreamed of a figure blue-black in the face holding a demon-quelling sword and a binding rope, which told him it would subdue demons, pacify the country and grant the wishes of those who came to it; he carved the image on waking. 言い伝え
- The temple relates that Ennin later worshipped the Fudo Myoo of Qinglong-si in Chang'an, recognised it as the figure of his dream, and returned to build the halls; the name Ryusen-ji comes from the words for the lasting spring on the ridge tag he wrote, and the mountain name Taieizan was granted by imperial tablet in the reign of Emperor Seiwa. 言い伝え
- The principal image is a hidden image, shown once every twelve years in the year of the rooster. 史料に基づく
- The Tokko waterfall in the grounds is said to have risen where Ennin threw the ritual implement he carried while choosing ground for the halls, and the temple states that it has never dried even after weeks of drought and that it remains a place where Fudo practitioners wash the heart and cleanse the spirit. 言い伝え
- The temple is the oldest Fudo site in the Kanto and is counted with Kihara Fudo in Kumamoto and Narita Fudo in Chiba as one of the three great Fudo of Japan. 史料に基づく
- The temple relates that the third shogun, Tokugawa Iemitsu, lost his favourite hawk while hunting here, prayed before the Fudo, and saw it return at once to the pine before the main hall; he then paid for a rebuilding that ran to fifty-three buildings and was called the Meguro Palace. 言い伝え
- As one of the Five-Colour Fudo of Edo, black eye, white eye, red, yellow and blue, the temple was assigned to guard Edo castle, to ward off misfortune from its five quarters and to guard the five highways out of the city, and became one of the foremost sights of Edo. 史料に基づく
- The grave of Aoki Konyo, who spread sweet potato cultivation and wrote his own gravestone, stands in the grounds and is a National Historic Site; the temple keeps his memorial rite on 28 October. 史料に基づく
- The hillside behind the grounds is the Meguro Fudo archaeological site, where Jomon and Yayoi dwelling remains and pottery have been found. 史料に基づく
参拝のポイント
作法は寺院一般のとおりです。目黒不動尊ならではの点を挙げます。
境内での禁止事項を、寺はかなり長く掲げています。その理由も繰り返しておく価値があります。ここは公園ではなく宗教施設だから、というものです。堂内での撮影、ドローン、球技、シートを広げての飲食、許可のない撮影、断りのない取材は、いずれもできません。
護摩祈願は日曜と毎月8日・18日の15時、28日は一日に五回営まれます。受けたい回の30分前までに本堂右手の受付でお申し込みください。所要は30分から45分です。初宮参り、七五三、車のお祓いは電話での予約になります。年間を通じて現金書留による申し込みも受け付けています。
駐車場はいっさいなく、近隣の駐車場の案内も寺は行っていません。
拝観は9時から16時30分までです。御朱印を手持ちの帳面に直接書いていただけるのは八のつく日と日曜・祝日のみで、それ以外は書き置きになります。
本堂への石段は長く急です。その裏手一帯は遺跡です。
関連ガイド
- 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
- 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
- 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
- お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。
出典
- Origins (縁起) — Meguro Fudoson Ryusen-ji (閲覧日 2026-08-02)
- Annual observances (年中行事) — Meguro Fudoson Ryusen-ji (閲覧日 2026-08-02)
- How to apply for a goma rite (護摩祈願 申込み方法) — Meguro Fudoson Ryusen-ji (閲覧日 2026-08-02)
- Frequently asked questions — Meguro Fudoson Ryusen-ji (閲覧日 2026-08-02)
- Notes for the precinct (境内注意事項) — Meguro Fudoson Ryusen-ji (閲覧日 2026-08-02)
最終更新:
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