室生寺

寺院 · 奈良

女人高野

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ひとことで言うと

天武天皇の勅願により役の行者・小角がこの地に初めて寺を建立したと伝えられ、平安遷都の頃に堂塔伽藍が整えられた寺です。

The golden hall of Muro-ji in Uda.
KENPEI / Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)

基本情報

住所
奈良県宇陀市室生78

この場所について

室生寺は奈良県宇陀市にある寺です。天武天皇の勅願により、修験道の祖である役の行者・小角がこの地に初めて寺を建立したと伝えられています。奈良時代末、後に桓武天皇となられた山部親王の延寿祈祷をきっかけに、興福寺の高僧・賢璟が勅命を受け、平安遷都間もなく弟子の修圓が堂塔伽藍を建立しました。その後、空海の弟子で修圓と親交のあった真泰が真言密教を携えて入山し、灌頂堂や御影堂が整備されました。寺は「女人高野」と称されますが、寺の案内にその由来の説明はありません。

由緒と歴史

天武天皇の勅願により、修験道の祖である役の行者・小角がこの地に初めて寺を建立したと伝えられています。

奈良時代末、後に桓武天皇となられた山部親王の延寿祈祷をきっかけに、興福寺の高僧・賢璟が勅命を受け、平安遷都間もなく弟子の修圓が堂塔伽藍を建立しました。

その後、空海の弟子で修圓と親交のあった真泰が真言密教を携えて入山し、灌頂堂や御影堂が整備されました。

ご利益とされてきたこと

  • 由緒

    役の行者・小角の建立と伝わる

    天武天皇の勅願により、修験道の祖である役の行者・小角がこの地に初めて寺を建立したと伝えられています。

    言い伝え
  • 由緒

    皇子の延寿祈祷から伽藍へ

    山部親王の延寿祈祷をきっかけに賢璟が勅命を受け、平安遷都間もなく弟子の修圓が堂塔伽藍を建立しました。

    史料に基づく
  • ここでできること

    真言密教が入って灌頂堂・御影堂へ

    空海の弟子で修圓と親交のあった真泰が真言密教を携えて入山し、灌頂堂や御影堂が整備されました。

    史料に基づく

この寺は「女人高野」と呼ばれます。ただし寺の案内には、その呼び名の由来を説明する記述がありません。ですからこのページも、呼び名があることだけを書いて、意味の説明はしていません。

始まりに置かれているのは役の行者・小角です。修験道の祖であるこの人が、天武天皇の勅願によってこの地に初めて寺を建立したと伝えられています。この一覧では吉野の金峯山寺も、天川の天河大辨財天社も、同じ一人を始まりに置いています。

堂塔が整うきっかけは、一人の皇子の命でした。後に桓武天皇となられた山部親王の延寿祈祷をきっかけに、興福寺の高僧・賢璟が勅命を受けた——寺の伝える経緯はそうなっています。皇族の体をめぐって建物が建つという成り立ちは、この一覧に何度も出てきます。薬師寺は皇后の病気平癒を祈願して、新薬師寺は聖武天皇の病気平癒を祈って建てられました。

真言密教が入ってくるのは、そのあとです。空海の弟子で修圓と親交のあった真泰が携えて入山し、灌頂堂や御影堂が整備されました。

寺の案内に御利益にあたる記述はありません。ですからこのページも願い事の分類をつけていません。

記述ごとの根拠 2
  • Muro-ji transmits that En no Gyoja Ozunu first built a temple on this site on the vow of Emperor Tenmu. 言い伝え
  • Prayers for the long life of Prince Yamabe, later Emperor Kanmu, occasioned Kenkyo’s imperial command, and his disciple Shuen raised the halls and pagoda. 史料に基づく

関連ガイド

  • 参拝の作法は、どこがどう示しているか手水、二拝二拍手一拝、そして寺院での合掌と焼香。全国におおむね共通する部分について、神社本庁と各寺院が自ら公表している説明をたどります。
  • 「パワースポット」とは何なのか伝統的な宗教の区分ではなく、現代日本語の語彙です。言葉がどこから来たのか、何を主張していて何を主張していないのか、それでも当サイトがこの語を使う理由。
  • 神社と寺——1868年が分けたもの神社は神道、寺院は仏教。ただしその線を制度として引いたのは1868年で、それ以前の千年あまり、両者は一つの体系でした。境内に残る継ぎ目と、文化庁の統計が示す数字。
  • お守り・絵馬・おみくじ・御朱印の由来絵馬はもともと生きた馬の代わりであり、御朱印は納経の受取に由来します。四つについて神社本庁と宮城県神社庁が公表している説明と、御朱印をめぐる七か条。

出典

  1. 伽藍と境内 — Muro-ji (閲覧日 2026-08-15)
  2. 御仏と寳物 — Muro-ji (閲覧日 2026-08-15)

最終更新:

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