鎮國寺
屏風山鎮國寺
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ひとことで言うと
入唐の途中で暴風雨に遭った弘法大師が不動明王の示現によって助けられ、帰朝後に屏風山を鎮護国家の霊地と定めて開いた寺です。

基本情報
- 住所
- 福岡県宗像市吉田966
この場所について
鎮國寺は福岡県宗像市にある寺です。弘法大師(空海)は、第16次遣唐使船で入唐の砌、大暴風雨に遭遇されました。そのとき浪間に不動明王が示現し、波を鎮めて唐に到達しました。帰朝後、屏風山に瑞雲が棚引くのを観られた弘法大師は、この地こそは鎮護国家の根本道場たるべき霊地とのお告げを受けて、屏風山鎮國寺と号しました。宗像三柱の御本地仏として、大日如来、釈迦如来、薬師如来の三尊を刻み、本尊と定められました。寺の略縁起に御利益についての記載はありません。
由緒と歴史
弘法大師(空海)は、第16次遣唐使船で入唐の砌、大暴風雨に遭遇されました。そのとき浪間に不動明王が示現し、波を鎮めて唐に到達しました。
帰朝後、屏風山に瑞雲が棚引くのを観られた弘法大師は、この地こそは鎮護国家の根本道場たるべき霊地とのお告げを受けて、屏風山鎮國寺と号しました。
宗像三柱の御本地仏として、大日如来、釈迦如来、薬師如来の三尊を刻み、本尊と定められました。
ご利益とされてきたこと
宗像三柱の御本地仏
宗像三柱の御本地仏として、大日如来、釈迦如来、薬師如来の三尊を刻み、本尊と定められました。
言い伝え浪間に示現した不動明王
第16次遣唐使船で入唐の砌、大暴風雨に遭遇したとき、浪間に不動明王が示現して波を鎮め、唐に到達しました。
言い伝え瑞雲と寺号
帰朝後、屏風山に瑞雲が棚引くのを観られ、鎮護国家の根本道場たるべき霊地とのお告げを受けて屏風山鎮國寺と号しました。
言い伝え
この寺の本尊は、隣の神社の神と同じものです。宗像三柱の御本地仏として、大日如来、釈迦如来、薬師如来の三尊を刻み本尊と定めた——寺はそう記します。同じ一覧の宗像大社が祀る天照大神の三女神と、この寺の三尊が、同じ存在の別の姿として置かれていることになります。同じ人物を始まりに置く場所は多くありますが、祀る対象そのものが重なっている例は珍しいものです。
始まりは海の上の出来事でした。第16次遣唐使船で入唐の砌、大暴風雨に遭遇し、浪間に不動明王が示現して波を鎮め、唐に到達した。渡る途中で助けられた記憶が、帰ってきてから寺になっています。
同じ福岡の宝満宮竈門神社も、最澄や空海など大陸へ渡る人々が航海の安全を祈って登拝した山です。渡る前に祈った山と、渡る途中で助けられた縁の寺が、同じ県に並んでいることになります。
寺号の由来は、帰朝後に受けたお告げです。屏風山に瑞雲が棚引くのを観られ、この地こそは鎮護国家の根本道場たるべき霊地との告げによって屏風山鎮國寺と号した。御利益にあたる記述は略縁起にありません。ですからこのページも願い事の分類をつけていません。
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出典
- 鎮國寺の略縁起 — Chinkoku-ji (閲覧日 2026-08-15)
最終更新:
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