犬鳴山七宝瀧寺
一乗鈴杵ヶ岳
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ひとことで言うと
斉明天皇7年(661)に役行者が28歳で開基した修験の道場で、山名は主人を救って死んだ犬に宇多天皇が与えた勅号です。

基本情報
- 住所
- 大阪府泉佐野市大木8
- ご祭神・ご本尊
- 不動明王
この場所について
犬鳴山七宝瀧寺は大阪府泉佐野市にある寺です。斉明天皇の7年(西暦661年)、修験道の開祖である役行者が28歳の時に開基されました。役行者の開山時に倶利伽羅大龍不動明王が出現し、これを本尊としたと伝えられています。山号は、猟師を蛇から救って死んだ愛犬の伝説に由来し、宇多天皇は「報恩の義犬よ」と賞して「一乗鈴杵ヶ岳」を改め「犬鳴山」と勅号を与えたと伝えられています。弘法大師もご修行になり、山内の七瀑に七福神をお祀りされたといわれています。山内全体が大きな行場となっており、国家安穏・五穀豊穣・諸人快楽の密法が修されています。
由緒と歴史
斉明天皇の7年(西暦661年)、修験道の開祖である役行者が28歳の時に開基されました。役行者の開山時に倶利伽羅大龍不動明王が出現し、これを本尊としたと伝えられています。
山号は、猟師を蛇から救って死んだ愛犬の伝説に由来します。宇多天皇は「報恩の義犬よ」と賞し、「一乗鈴杵ヶ岳」を改め「犬鳴山」と勅号を与えたと伝えられています。
弘法大師もご修行になり、山内の七瀑に七福神をお祀りされたといわれています。山内全体が大きな行場となっており、国家安穏・五穀豊穣・諸人快楽の密法が修されています。
ご利益とされてきたこと
犬に与えられた山の名
猟師を蛇から救って死んだ愛犬を宇多天皇が「報恩の義犬よ」と賞し、「一乗鈴杵ヶ岳」を改め「犬鳴山」と勅号を与えたと伝えられています。
言い伝え661年、役行者28歳
斉明天皇の7年(661年)、修験道の開祖である役行者が28歳の時に開基し、開山時に出現した倶利伽羅大龍不動明王を本尊としたと伝えられています。
言い伝え国家安穏・五穀豊穣・諸人快楽
国家安穏・五穀豊穣・諸人快楽の密法が修されています。
史料に基づく七瀑の七福神、山内全体が行場
弘法大師も修行され、山内の七瀑に七福神をお祀りされたといわれ、山内全体が大きな行場となっています。
言い伝え
この山の名前は、犬のものです。猟師を蛇から救って死んだ愛犬の伝説があり、宇多天皇はこれを「報恩の義犬よ」と賞して、「一乗鈴杵ヶ岳」という名を改め「犬鳴山」の勅号を与えたと伝わります。天皇が一匹の犬のために山の名を書き換えたということです。
開基は古く、しかも年齢が入っています。斉明天皇の7年、西暦661年、修験道の開祖である役行者が28歳の時。開山にあたって倶利伽羅大龍不動明王が出現し、これを本尊としたと伝えられています。
水は七つあります。弘法大師もここで修行され、山内の七瀑に七福神をお祀りされたといわれます。滝ごとに一柱、という配置です。そして山内全体が大きな行場となっており、堂の中だけが道場ではありません。
修されているのは、国家安穏・五穀豊穣・諸人快楽の密法です。
記述ごとの根拠 3
- The temple was founded in 661 by En no Gyoja at the age of twenty-eight, and Kurikara the great dragon Fudo Myoo appeared at the opening to become its principal image. 言い伝え
- Emperor Uda praised a dog that died saving a hunter from a snake and granted by decree the mountain name Inunakiyama in place of Ichijo Reishogatake. 言い伝え
- The whole mountain serves as a training ground, and esoteric rites for the peace of the realm, abundant harvests and the ease of all people are performed here. 史料に基づく
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出典
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