華厳寺

寺院 · 韓国

ファオムサ · 智異山 華厳寺 · 覚皇殿

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ひとことで言うと

壬辰倭乱で焼けた丈六殿を1702年に建て直すと、粛宗が自ら書いた扁額を下賜し、以後「覚皇殿」と呼ばれた寺です。

The two-storey Gakhwangjeon at Hwaeomsa, seven bays wide beneath the wooded slope of Jirisan.
Steve46814 / Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)

基本情報

住所
全羅南道求礼郡馬山面 華厳寺路539

この場所について

華厳寺は全羅南道求礼郡馬山面の智異山にある寺です。その覚皇殿は正面7間、側面5間の多包系の重層建築で、1630年に碧巌大師が重建に着手し、1702年に丈六殿が2層7間として完成しました。完成後、粛宗が自ら書いた「覚皇宝殿」の扁額を下賜し、以後その名で呼ばれるようになりました。1962年12月20日に国宝に指定されています。

由緒と歴史

『韓国民族文化大百科事典』は求礼・華厳寺覚皇殿を、全羅南道求礼郡馬山面の華厳寺にある、朝鮮後期に重建された寺刹建築と記しています。正面7間、側面5間の多包系重層建築です。

壬辰倭乱(文禄・慶長の役)で失われたのち、1630年(仁祖8)に碧巌大師が重建に着手し、1702年(粛宗28)に丈六殿が2層7間として重建されました。

完成後、粛宗が自ら書いた「覚皇宝殿」の扁額を下賜し、以後、覚皇宝殿と改め呼ばれるようになりました。1962年12月20日に国宝に指定されました。

ご利益とされてきたこと

  • 由緒

    王が自ら書いた扁額

    完成後、粛宗が自ら書いた「覚皇宝殿」の扁額を下賜し、以後その名で呼ばれるようになりました。

    史料に基づく
  • 由緒

    72年にわたる重建

    1630年に碧巌大師が重建に着手し、1702年に丈六殿が2層7間として完成しました。

    史料に基づく
  • 信仰・ご利益

    正面7間の重層建築

    正面7間、側面5間の多包系重層建築です。1962年12月20日に国宝に指定されました。

    史料に基づく

この寺でもっとも確かに残っている話は、建物の名が変わった経緯です。もとの名は丈六殿でした。戦で失われたものを1630年から建て直しはじめ、1702年に終え、その後、粛宗が自ら書いた扁額を下賜したことで名が覚皇宝殿になりました。

創建についての言い伝えはいくつも残りますが、国の記録が年とともに裏づけるのはこの重建と賜額のほうです。ですからこのページは創建説話ではなく、建物から始めます。

何を願う寺かは記録に出てきません。そのため、願いの分類を付けていません。

記述ごとの根拠 4
  • The Gakhwangjeon of Hwaeomsa is a two-storey bracketed hall seven bays across and five deep, rebuilt in the later Joseon period. 史料に基づく
  • Master Byeogam began rebuilding it in 1630, and the hall was completed in 1702 as a two-storey structure of seven bays. 史料に基づく
  • On its completion King Sukjong sent down a name board he had written himself, reading Gakhwangbojeon, and the hall was called by that name thereafter. 史料に基づく
  • It was designated a National Treasure on 20 December 1962. 史料に基づく

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出典

  1. 구례 화엄사 각황전(求禮 華嚴寺 覺皇殿) — 한국민족문화대백과사전 — Academy of Korean Studies (閲覧日 2026-08-12)

最終更新:

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